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これより先は春(拓カム)

※拓カム結婚しろシリーズ
※「ロミオとジュリエットにはならない」から続いている




指輪が欲しい。それもとびきり頑丈なやつを。
その旨を伝えると、研究員の男は分かりやすく顔をしかめて「来る場所をお間違えでは」と言った。

「一応確認しますが、ここは兵器開発部門ですよ。ジュエリーショップじゃありません」
「知ってる」
「でも欲しいのは指輪なんですよね……?」
「だから言ったろ、とびきり頑丈なやつがいい。あんたらが保有してる火星の希少金属を使えばできるはずだ。最大出力のゲッタービームを食らっても耐えられるような代物がさ」
「できないことはありませんが……そんなものを食らったら、指輪は無事でも持ち主は消し炭ですよ」
「それでいい、つうか、それがいい」

にか、と歯を見せて拓馬が笑うので、研究員の男は面食らってしまった。こんな屈託のない笑顔を向けられてどんな反応を返せばいいのか分からない。冗談のように聞こえるが、おそらく冗談ではなく本気なのだ。くぐり抜けてきた数多の戦場と地獄を、拓馬はその背に負って笑っている。
研究員の男はたまらずカムイに助け舟を求めた。さっきからずっと無言で拓馬の隣に立ち続けている。男の視線を受け取ると、カムイはほんの少しだけ申し訳なさそうな顔をして、「頼む」と言うように軽く頭を下げてきた。いや、そういうことじゃなくて……と言いたくなる気持ちをぐっと堪えなければならなかった。

「……そもそも、指輪なんて何に使われるんですか?ゲッターに認証機能を付けたいというのであれば、いまどき外付けのデバイスなんて用意しなくても生体認証ですぐに……」
「ああ、そういうんじゃねえんだ。あれだよ、婚約指輪兼、結婚指輪みたいな」
「けっこんゆびわ?」

思わず声がひっくり返ってしまった。ここは兵器開発部門の研究室で、つまり敵を効率よく殲滅するための暴力装置を作る場所であって、婚約とか結婚だとかいう縁起のいい言葉はまるで似つかわしくないはずだった。聞き間違いかと思って目を白黒させてしまうが、目の前にいる拓馬とカムイは何一つふざけた様子はない。この二人は最初から真剣な顔をしていた。
結婚するのは、その指輪をするのは、誰なのか。そんなことは訊かなくても分かる。分かりすぎてしまった。隣り合う二人の姿が、あまりにも自然すぎたから。



「『指のサイズは自分で測れ』って、それくらい機械でパパっとやってくれりゃいいのによ」
「これ以上我侭を重ねるな。業務外の無茶振りを承諾してもらえただけでもありがたいと思え」
「無茶振りだあ?お前だって乗り気だったくせによく言うぜ」
「乗り気じゃない」
「じゃあ指輪もいらねえのかよ」
「……いらないとは言ってない」

カムイがむくれた。普段は理詰めで動くタイプだが、こういう感情が絡むことになると途端に口論が下手になる。自分に都合が悪くなると口をつぐむのがいつもの癖だった。そんな可愛げのないところが可愛いと思う。
「素直じゃねえなあ。……ほら、手え出せよ」
「……」
カムイはむくれ顔のまま無言で左手を前に突き出してきた。拓馬は笑いながら手を取り、借りてきたメジャーをカムイの薬指に巻き付けた。パイロットの適正検査で身体中のありとあらゆるサイズを測られたことはあったが、薬指の円周を測るのはこれが初めてだ。カムイの指はすらりと長い。薄い鱗に覆われた手は拓馬の手より冷たく、爪も尖っている。こうしてまじまじと手と指を眺めることはなかったから、なんだか新鮮に感じる。

測った長さを紙に書き留めると、カムイが拓馬の手からメジャーを奪い取った。先程拓馬がやったように、薬指の採寸をしようとする。……が、指と指の間を開かせようとして遠慮なく引っ張ってくるので、さすがの拓馬もちょっと眉をしかめた。

「いてっ!おい、もうちょっと丁重に扱えって!折れるだろ!」
「大人しくしろ。貴様の指はこの程度で折れるほど軟弱だったのか」
「そういう問題じゃねえだろ!」

拓馬が喚くので、カムイは仕方ないとでも言うように、万力のような力を少し緩めてやった。そして殊更ゆっくりと拓馬の指を両手で包み込む。
「こうか」
「あー……そこまで来ると逆にくすぐってえ。中間はねえのかよ中間は」
「注文が多い」
互いにぶつくさと文句を言いながら、カムイは拓馬の指の採寸を終えた。紙に書き出された二つの数字を見比べると、拓馬の方がいくらか指に厚みがあるようだった。代わりに指の長さはカムイの方が長い。手を重ね合わせるとカムイの指がはみ出るのだ。同じゲッターの操縦桿を握る手でも、その形や厚み、皮膚の色はまるで違う。

「何を遊んでる」
ぺたぺた触ったり握ったりを繰り返していたら、我慢できなくなったらしいカムイが口を挟んできた。顔を上げると、むず痒そうな表情をしたカムイと目が合った。振り払ってくることはないが、自分の手をまるでおもちゃのように扱われるのは気恥ずかしさが勝るようだった。しかし拓馬はカムイの手を握ったまま離さない。

「……だいぶ違うよな、俺たちの手。今更だけどよ」
「…………」
「何もかも違うのに、同じ指輪がここにはまるのかと思うと、なんか……変な感じがするっつうか……いや違うな、不思議な感じ?こそばゆくて落ち着かねえんだ。よく分かんねえけど」

拓馬の手が熱い。徐々にカムイへとその熱が伝わる。ただ手を握っているだけなのに、触れ合った場所から全身へ何かが巡っていく。胸を満たす波のようなものは何なのか。拓馬が「変な感じ」と評したその感覚を、カムイも同じように感じ取っていた。覚えのない、初めての感覚にも関わらず、不思議と嫌な感じはしなかった。
カムイは頷く代わりに拓馬の手を握り返した。そしてゆっくりと体を近付け、拓馬の肩に頭を預けた。

指輪はまだない。結婚の二文字はまだ口約束だけで、互いを縛るものはどこにもないはずだった。なのに離れられない。このあたたかい波が心地よすぎるのだ。
左手の薬指が熱を帯びる。指輪などなくても、もうとっくに絆されきっていた。






2022/05/30