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ロミオとジュリエットにはならない(拓カム)

※「この場所は君だけのために空けておく」の続き
※13話Cパートの先の話で、人間もハチュウ人類も火星で共生してる

 


結婚することを決めたはいいが、具体的に何をするかまではひとつも考えていなかった。指輪だろ、あと籍入れて、式とか上げたほうがいいのか?カムイお前って戸籍どうなってんだ?――あれこれ考えて唸り声を上げる拓馬の横で、「まずは然るべき場所に報告するべきだろう」とカムイが軍人のようなことを言った。
「人間側にもハチュウ人類側にも、一応の筋は通しておいた方がいい」
「筋ねえ……まあそうだな、あの人には話しておくか」

そういうわけで、二人は連合軍監査官、橘翔の執務室を訪れていた。
「久しいな、拓馬、カムイ。元気そうで何よりだ」
「そういうあんたはちょっと痩せたんじゃないか」
「この忙しさでは痩せもする」
翔は口の端を持ち上げて笑ってみせるが、いまいち覇気がない。無理もなかった。

地球が壊滅し、生き残った人類とハチュウ人類は揃って火星へと居住の場を移した。血みどろの戦争を繰り返してきた二者がいきなり手を取り合って平和を分かち合えるわけもなく、翔はその仲裁にひどく苦心したという。カムイ率いる恐竜帝国の攻撃によって、人類側の指導者は大部分が死に絶えたので、翔は成り行きで日本側の司令官のトップにならざるを得なかったのだ。
翔の奔走もあって、現在は人類もハチュウ人類も和平条約によって表向きは争い合うことはない。だが、小さな争いは未だに火星の各地で頻発し、その対処に追われている。

落ち着いて休む暇もないほど多忙ではあったが、拓馬とカムイが面会を希望すると、翔はその合間を縫って快く二人を出迎えた。彼女にとって二人は可愛い後輩でもあるのだ。

「で、どうした。わざわざ私に会いに来たということは、何か用があるんだろう」
「ああ、それなんだけどさ」

拓馬は隣に立つカムイを横目で見て、その手を握った。カムイは一瞬ぴくりと指を動かしたが、手を振り払うことはなかった。まっすぐに翔を見つめる。

「俺たち、結婚することにしたんだ」

数秒、時間が止まった。
「け……」
翔は拓馬が今しがた発した言葉の意味を理解できずに、「結婚」の「け」の口の形のまま硬直してしまった。見開いた目は拓馬とカムイを何度も交互に見る。この人は驚いた時こういう反応をするんだなあと拓馬は他人事のように思った。冷静沈着な武人のような印象だったが、案外普通の驚き方をするものだ。

「け、けっこん」
「ああ」
「……念のため訊くが、結婚するのはお前たち二人か」
「それ以外に誰がいるよ」
「カムイ、これは私を驚かせようという仕込みではないんだな?」
「違います」
「そうか………………」

ドッキリかそうでないかを尋ねるのに、拓馬ではなくカムイを選ぶのが翔の疑り深さを示している。カムイが真顔で首を横に振ったので、翔も認めざるを得なかったようだ。今告げられた内容が紛れもなく本気であるということを。
翔は両手を顔の前で組み、深い深い溜め息をついた。できれば信じたくはないという顔をしていた。

「なんか問題あるのか」
「大有りだ。……拓馬。お前は誰の息子だ?」
「母ちゃんの息子」
「そっちじゃない。父親の名前は」
「流竜馬」
「その男はハチュウ人類に何をした?」
「あー……恐竜帝国をボコボコにぶっ潰した」
「分かってるじゃないか」

翔の目が剣呑に光る。その鋭さはカムイにも向けられた。
「カムイ。そしてお前は恐竜帝国の帝王ゴールの息子だ」
「はい」
「おまけに育ての親はあの神隼人。……お前たちが結婚するとなったら、とんでもない外交問題になるぞ」

外交問題。思いがけない言葉を聞いて、拓馬は目を丸くしてカムイを見た。カムイは「知ってた」とでも言うかのように憮然とした表情をしている。その問題を想定していなかったのは拓馬だけだった。
当人たちの意志に関わらず、その身に流れる血は消しようがない。拓馬が「流竜馬の息子」で、カムイが「帝王ゴールの息子」である事実はどこまでも付いて回る。

「問題は血筋だけじゃない。お前たち、自分が何をしでかしたのかは覚えているだろうな?」

忘れるわけがない。拓馬の横には、地球をめちゃくちゃにした張本人がいる。拓馬はまさにそいつと結婚をしようとしているのだ。

人類側からすれば、拓馬は「人類存亡の危機を救った英雄」で、カムイは「人類を虐殺した大罪人」だ。そしてハチュウ人類側からすれば、拓馬は「恐竜帝国の地上進出を悉く阻んできた流家の男」であり、カムイは「憎き人類の血を半分引き、クーデターを起こして恐竜帝国を混乱に陥れた皇弟」。
どこから見ても針の筵だ。祝福される要素など皆無に等しい。特にカムイは、人類側からもハチュウ人類側からも忌み嫌われる理由がありすぎる。

「……自分の立場なら、自分自身が一番よく分かっています」

カムイは目を伏せて静かにそう言った。繋いだ手が強張っている。賢いカムイのことだ、こうして問い詰められることを考えていなかったわけがない。能天気に「まあ一応報告しとかないとな」などと覚悟もなく思っていた拓馬とは違う。誰からも祝福されないと分かっていながら、それでも拓馬の「結婚しよう」という言葉に頷き、ここまで付いてきてくれた。

拓馬はカムイの手をぎゅっと強く握り直した。指先の微かな震えを止めるように。
血統は消し去れない。過去をなかったことにはできない。生きている限り、犯した罪は一生背負い続ける。
――しかし、それはこいつが幸せになってはいけない理由にはならないはずだ。
うまく言葉が出てこなくて、拓馬は喋る代わりにまっすぐ翔を見た。翔は真正面から拓馬の視線を受け止め、静かに口を開いた。



『お前たちの本気は伝わった。だが、一晩考える時間をくれないか』

翔の言葉を、拓馬は何度も頭の中で反芻した。一晩。たったそれだけの時間で何が分かるっていうんだ。どうせあんたらにとっては厄介事が一つ増えたってだけなんだろう。
「こんなことなら、報告なんてするんじゃなかったぜ」
宿舎のベッドでごろごろと寝転がる拓馬を、カムイは冷静な目で見下ろす。

「ああいうことを言われると想定していなかった方が驚きだ」
「あん?俺の頭がおめでたいとでも言いてえのか」
「少しは自覚があるんだな」

フンと鼻を鳴らして、カムイは拓馬が寝転がるベッドの端に腰を下ろした。憎まれ口は相変わらずだが、普段の高圧的な態度は鳴りを潜めている。あまり表には出さないまでも、気を落としているのはカムイも同じらしい。

「……俺たちが背負ってるもんが、こんなに重たいとは思ってなかっただけだよ」

自ら背負ったものもあれば、いつの間にか背負わされていたものもある。がむしゃらに戦っていた頃は、その重さを気にかける余裕もなかった。戦いが一段落つき、やっと自分たちのことを顧みることができるようになって初めて、それがひどく重いものであることに気付かされる。
怖気づいたわけではない。放り出す気もない。ただ、思いがけない重みに戸惑っているだけだ。

「結婚という形にこだわらなくても、一緒にいることはできる」
カムイが小さく呟いた。拓馬は上体を起こしてカムイを見た。
「大事なのは俺たちが離れずにいることだろう。幸い、それは許されている。だったら俺は別にいい」
「いいわけねえだろ!」
カムイの言葉を遮るように、拓馬が鋭く叫んだ。

「俺はお前と結婚するって決めたんだ。そんでお前も頷いた。気持ちは変わってねえのに今更諦めるなんてできるかよ……!」

拓馬は手を伸ばしてカムイの手首を掴んだ。左手の薬指。今は何も嵌められていないそこは、拓馬のためだけに空けられている。指輪なんて無い、ただの口約束。それでもカムイはずっとその場所を大切にしている。時折、カムイが左手の薬指をじっと眺めては表情を緩めることがあるのを拓馬は知っている。隣で見てきたからだ。それを知っていながら諦めることなどできない。

気持ちは決して変わらない。なのに、背負った運命のせいで外側からそれを否定されるのは我慢ならなかった。
――放り出す気は、ない。しかしたまに、何もかも振り捨ててしまえたらと思うことはある。ただの流拓馬とカムイ・ショウになれたら、と。

拓馬はふと笑った。
「……いっそのこと、駆け落ちでもするか?」
冗談めかした言い方だったが、そこにはほんの一匙の本音も含まれていた。笑っているのに泣き出しそうなその顔を、カムイは静かに見つめた。

「お前がその道を選ぶなら」

まっすぐに目を見て言う。馬鹿にするわけでも茶化すわけでもなく、拓馬の「冗談」の中にある本音を真摯に受け止めていた。逆に慌てたのは拓馬の方だった。
いいのか。俺が本当にその気になったら、お前は変わらず付いてきてくれるのか。たった二人で、誰にも祝福されないこの世界をすり抜けていく生き方を、お前は肯定するのか。
カムイが頷いてくれるのなら、どこまででも行ける気がした。結婚をすると決めたあの時のように。

カムイの顔が近付いてくる。呼吸が止まる。息をひそめながら、カムイは拓馬に唇を寄せた。
「……なんてな」
ゆっくりと離れた唇が弧を描き、いたずらっぽく笑った。カムイにしては珍しい笑い方だった。一瞬何をされたのか分からなくて、拓馬はぽかんと口を開けた。その顔を見たカムイが「間抜け面」と言ってまた笑うので、ようやく拓馬は状況を理解して頬を赤くした。

「お前……っ!キスではぐらかすのずりーぞ!」
「冗談に冗談で返しただけだ」
「嘘つけ!」

二人とも知っている。それが本当の「冗談」ではなかったことを。だがそれを本物にしてしまえば、きっともう戻れない。だから「冗談」という布で柔らかく包んで片付けることにした。
拓馬はカムイに飛びかかり、その髪の毛をぐしゃぐしゃに掻き回した。抵抗するカムイが拓馬の横腹を蹴っても離れない。二人はじゃれ合うようにベッドに倒れ込み、どちらともなくキスをした。



翌日。「一晩時間をくれ」という言葉に違わず、今度は翔が拓馬とカムイを呼び出した。どんなことを言われるにしても、その呼び出しに背くわけにはいかなかった。二人は息を詰めて翔の執務室のドアを叩いた。

「お前たちに言い忘れていたことがある」
開口一番に翔はそう言った。険しい表情だ。何を言われようがこの結婚を押し通すつもりではあったが、圧に押されて一瞬たじろぐ。
「な、なんだよ」
ごほん、と翔はわざとらしく喉を鳴らして居住まいを正した。

「……結婚、おめでとう」

「はあ?」
昨日は翔が結婚宣言に驚いていたが、今日は拓馬とカムイの方が驚かされる番だった。「我々はお前たちの結婚を認めることはできない」だとか、「残念だが結婚は諦めてくれ」だとかいう言葉が出てくるものだとばかり想像していたのだ。思いがけず祝福の言葉を投げかけられて、拓馬とカムイは二人揃って膝から崩れ落ちそうになった。

「いや、昨日は結婚の衝撃が大きすぎて、今後どうするのかということしか頭になかったんだ。祝いの言葉が遅れてすまない」
「ああ、そりゃまあ、どうも」

結婚が反対された場合の反論の言葉を一晩かけて準備していたのに、拓馬はすっかり毒気を抜かれてしまった。隣のカムイも同じ反応だった。ポーカーフェイスは崩さないが、呆気にとられたような、ほっとしたような様子を感じる。

「人類側の幹部とも一晩話し合ったんだがな。お前たちが結婚するにあたって、文句を言う輩は必ず出てくるだろう。人間からも、ハチュウ人類からも。だが我々はできうる限りそれに対処していくつもりだ。我慢したり、下手に食って掛かったりするなよ。まずはきちんと報告すること。いいな?」
「お、おう……」

翔が一晩時間をくれと言ったのは、二人の結婚を認めるかどうかの検討ではなく、結婚により今後発生するであろう問題に対応するための体制作りにかかる時間だったらしい。結婚自体はとっくに認められていた、というか、認めるまでもなく最初から受け入れられていた。翔に結婚を認めさせるためのシミュレートを繰り返していたのが馬鹿らしくなるほどに。
あまりにも当然に受け入れられていたことに動揺を隠せないでいると、翔が疑うように眉根を寄せた。

「釈然としない反応だな、拓馬。結婚したいというからには、お前たちは愛し合っているんだろう?」
「あ、あいしあっ……!?」
「はい」

言い慣れない言葉に拓馬が舌をもつれされる横で、カムイがしれっと頷いた。お前何普通に肯定してんだよ!?と驚きの目で見ると、カムイは相変わらずの真顔だった。今度は冗談でも虚勢でもない。
普段は甘い言葉などひとつも言わないくせに、何故かこういう時に限ってしれっとすごいことを口にする。いちいち顔を赤くしたり青くしたりする自分の方がおかしいのではないかとすら思えてくる。

カムイが頷いたのを見て、翔は満足したように微笑んだ。
「それでいい。立場の違う者同士が結ばれるのは容易なことではないが、我々が全力で支える。心配するな」
修羅場をくぐり抜けてきた者特有の余裕。なんだか妙に実感が籠もっているように感じられるのは気のせいか。拓馬には知る由もないが、翔もまた色々なものを乗り越えて現在があるのだろうと察することはできる。

拓馬の隣で、カムイが翔に向かって深々とお辞儀をした。お前は本当になんなんだよ。二号機乗りの間でしか通じ合えない何かでもあるのかよ。突っ込みを入れたい気持ちは山々だったが、翔もカムイも至極真面目なので何も言えない。脇腹を小突く代わりに溜息をついた。肩の力が抜けるような安堵の溜息だった。

ともあれ、結婚に関する懸念はひとつ消え去った。恐竜帝国側にはまだ何も話していないし、それ以外にも問題は山積みではあるが、なんとかなるだろうという楽天的な思考が復活する。
そうだ。それくらい気楽で、軽率で、勢いだけのノリでいい。血の因縁や過去にとらわれて必要以上に思い悩むことはない。
運命という重い荷物を背負ったままでも、俺たちは軽やかに走っていける。

翔とカムイが意味深に視線を交わし合う横で、拓馬は「まずは指輪でも作りに行くか」と笑った。せっかくだから火星の鉱物を使った特注品にしよう。どんな衝撃にも耐えられるような、とびきり頑丈なやつを。

 


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2021/12/05

BGM:Flowerwall/米津玄師

「それを僕らは運命と呼びながら
いつまでも手をつないでいた」

 


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