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書いた小説の倉庫です

この場所は君だけのために空けておく(拓カム)

※13話Cパート後の世界
※火星での戦いが終わって、人間とハチュウ人類はなんやかんやで共生してる

 


カムイはモテる。言っちゃなんだが引くほどモテる。
まず顔がいい。文句のつけようがないイケメンだ。すっと通った鼻筋、凛々しい眉、涼しげな目元。どのパーツを見ても整っている。男の拓馬から見てもそうなのだから、女性からすればもっと魅力的に映るのだろう。母親似でよかったなと思うばかりだ。
おまけに品の良さも備えている。黙っていればどこぞの貴公子かと見紛うほどだ。実際恐竜帝国では高い身分にあるわけだから当たり前なのかもしれないが、とにかく物腰が洗練されている。場をわきまえた振る舞いを心得ているし、時には物怖じせずに堂々と自分の意見を通すこともできる。本当に非の打ち所がない。そんなわけなので、えぐいほどモテるのは道理というものだ。

今日は、学校への定期訪問の日だった。火星において、人間とハチュウ人類が共に学ぶ場を作るという目的のもとに設立された学校だ。日本でいうところの幼稚園・小中学校・高校がひとつになって、種族や性別を問わず、幅広い年齡の子供たちがそこに通っている。拓馬たちは定期的にその学校を訪れては、子供たちの話し相手になったり、遊び遊ばれたりしているのだった。

そしてカムイは女子生徒たちから多大なる人気を得ている。イケメンで背が高くてクールな年上の男性というのは、年頃の女子にとってそれはもう魅力的なのだろう。
人間とハチュウ人類とのハーフである故の顔立ちは、少し前の地球においては「異質」として遠ざけられるものだった。しかし、二つの種族が共生することになったこの火星では、今やカムイの風貌も「そういうもの」として当たり前に受け入れられている。大人の中にはまだ奇異の目で見る者もいるが、先入観のない子供には何の障壁にもならないらしい。むしろ「ちょっとミステリアスで素敵」くらいに思われている。
カムイは今日も少女たちに囲まれてきゃあきゃあと黄色い声を浴びせられている。輪の中心で、カムイは困ったように笑いながらも、当たり障りなく彼女たちの相手をしているように見えた。

「面白くねえ……」
少し離れた場所でそれを見ていた拓馬は、不機嫌さを隠そうともせず、ぼそりと呟いた。今は子供たちとかくれんぼの最中だ。木の陰に身を隠しながら、カムイの様子をちらちらと伺っている。
正直、気に食わない。カムイばかりが女子にモテることを僻む気持ちも多少はある。年頃の女子は拓馬にはほとんど寄ってこない。その代わり、幼稚園生や小学生くらいの小さい子供が物凄い勢いで寄ってくるわけだが。いつも全力で遊んでやっているからか、拓馬は小さい子供からの人気は絶大なのだ。
――そうだよ。子供からのモテ度は俺の方が上だし。
内心でそんなマウントを取ってはみるが、負け犬の遠吠えにしかならなさそうだった。

そういえば獏の奴はどうしたんだ?と辺りを見回してみると、獏は学校の先生と思しき人達に囲まれて和やかに談笑しているところだった。
獏は獏で、年上からやたらとモテる。しかもだいぶ年齢層が上の――要は爺さんや婆さんに人気だ。たぶん獏自身が聞き上手だからだろう。人懐っこくあれやこれやと質問したりして、懐に入るのがうまいのだ。年上に可愛がられる才能があるのかもしれない。

子供にモテる拓馬と、女子にモテるカムイと、年上にモテる獏。それぞれに訴求する層が違うというだけの話だ。しかし拓馬は、カムイが女子にモテることだけはどうしてか気に食わない。獏がモテるのには特になんとも思わないというのに。
――だってあいつ、俺らの前ではもっと雑な奴だぜ。

品が良くて物腰が洗練されていて振る舞いが完璧な貴公子――という印象は人の目がある場においての話であって、拓馬や獏のように気のおけない仲間の前ではだいぶ態度が違う。よく分からないタイミングでいきなり怒るし、言葉の前に手や足が出る速度は拓馬といい勝負だし、愛想笑いなんて絶対にしない。納得がいかなければ自分の意志を曲げることもない。よくも悪くも可愛げがない奴なのだ。かと思えば背筋を伸ばすのを忘れてぼけっと中空を眺めていたり、歯磨き粉と洗顔料を取り違えて口の中を泡だらけにしたりと、意外に抜けているところもある。拓馬や獏の軽口に思いがけず笑みを零す時の表情は、まあ可愛いとって差し支えない。

そんな奴が、きゃあきゃあ言ってくる女子供に対して、冷たい態度を取ったり撥ね付けたりするでもなく、微笑みながら相手に応じている。それがどうにも気に食わないのだった。
たぶん嫉妬だ。しかも、女子に囲まれたカムイにではなく、カムイに微笑みを向けられている女子に対して。
もやもやとした感情の正体に行き当たって、拓馬は盛大な溜息をついた。何をやってんだ、こんなの俺らしくねえだろ。そう思いはするものの、女子生徒たちの輪に割って入るほど気が大きいわけでもない。女性の集団にはまだ苦手意識がある。

「あーっ!拓馬兄ちゃん見っけ!!」
悶々としていたら、かくれんぼをしていた子供の一人にまんまと見つかってしまった。それに気付いた周りの子供たちが続々と拓馬の周りに集まってくる。
「拓馬兄ちゃん、隠れるの下手すぎ!思いっきり顔見えてたよ」
「俺はお前らと違ってサイズがでかいからしゃーねーだろ」
「でも途中からかくれんぼそっちのけで違う方見てたでしょ」
あっちのほう、と子供が指差したのはカムイがいる場所で、拓馬は慌てて話題を逸らそうとした。

「いいからいいから!それより違う遊びしようぜ!鬼ごっこでもやるか?」
「するするー!」
「じゃあ拓馬兄ちゃんが鬼ね!」
「逃げろー!」
「よっしゃ、一分で全員捕まえてやるぜ!」
子供たちは、歓声を上げて散り散りに逃げていく。拓馬は十数えてから勢いよく走り出した。そうだ、じっとして悶々と考え込んでいるより、こうして走り回っている方が自分の性に合う。拓馬はもやもやとした気持ちを吹き飛ばすように駆けていった。


◆◆◆


昼休みが終わって、子供たちはようやく校舎の中へと戻っていった。「拓馬兄ちゃんまたねー!」と元気よく手を振る子供に、拓馬は芝生の上に寝転んだまま手をひらひらさせて応えてやる。
「随分走り回っていたな」
拓馬の横へ、カムイが近付いてきて腰を下ろした。芝が服に付くのは気にならないらしい。広い校庭に二人だけが残された。
「あいつら、俺ばっか鬼にしやがって……」
「さすがのお前でも疲れたか。子供に人気だと大変だな」
「嫌味かよそれ」
カムイが差し出したミネラルウォーターを乱暴に受け取ると、そのまま一気に喉へ流し込む。冷たい水がやけに美味しく感じた。そんな拓馬の隣でカムイは怪訝そうに首を傾げる。

「嫌味とは何だ」
「そんな大量のプレゼント貰っといてよく言うぜ」
拓馬は横目でカムイをちらりと見た。頭の上には、草花で作られた花かんむり。首にはこれまた野草で作ったネックレス。両手には折り紙の花、飴やチョコレートなどのお菓子。すべて子供たちから貰ったものだろう。学校を訪問するたびにこれだ。もはや羨ましいという感情も湧いてこない。
当のカムイは困った顔をして、受け取ったそれらのプレゼントに視線を落とす。

「こんなに貰っても、どうやって応えればいいのか分からない」
「ありがとうって笑ってやればいいんじゃねえの?お前ならそれだけで喜ばれるだろ」
「……なぜお前が怒る」
「怒ってねえし」
「だが不機嫌だ」

ぞんざいな態度で返したのが気になったのか、カムイは怪訝そうに拓馬に顔を寄せてきた。いきなり距離が近付いたので、拓馬は咄嗟に体を捻ってその視線から逃れようとした。普段はパーソナルスペースが広くてあまり人を近付けないくせに、自分から行く時にはそんなものお構いなしに詰めてくる。しかも真顔で。こいつたまに距離感おかしい時あんだよな……と拓馬は内心ひとりごちた。

別に、距離が近くたっておかしいことではない。拓馬とカムイは既にそういう関係なのだから。互いに想いを交わし合って、付き合うことになって、いわゆる恋人らしいこともしている。手を繋ぐのも、キスをするのも、嫉妬の感情を抱くのだって、恋人同士なら当たり前のこと。――当たり前のことのはずなのに、なぜか独りよがりのように感じてしまうのは、きっとカムイの考えていることがよく分からないからだ。
カムイは表情をあまり動かさないし、言葉は少ない。拓馬に見せるのは喜怒哀楽の「怒」が圧倒的に多くて、それ以外は滅多にお目にかかれない。恋人同士の関係になった今でもたまに、こいつは本当に俺のこと好きなのか?と思う時がある。本人の前では絶対にそんなことは言えないが。

ふと、きらりと輝くものが視界に入ってきて、拓馬は目を瞬かせた。
「……お前、それ」
拓馬の視線はカムイの指に注がれている。カムイはピンク色のビーズでできた指輪をはめていた。手作りの可愛らしい指輪で、小さい女の子にプレゼントでもされたのだろう。花かんむりやネックレスと同じように、贈られたものはきちんと身に付けるのがカムイなりの誠意らしい。問題はそれをはめている指の場所だ。
「これか?ビーズで手作りしたらしい。一生懸命作ったからと言って渡された」
「いやそうじゃなくて!そこはダメだろそこは!」

拓馬は叫びながら「そこ」を指差した。ビーズの指輪は、よりによってカムイの左手薬指にはめられていた。そこに指輪をつける意味を知らないわけではないだろうと思いたいが、当のカムイはきょとんとした顔をしている。もしかしてこいつ本当に知らないのか?長らく早乙女研究所から出ずに箱入りで育てられた男だ、結婚に関する人間の文化を知らない可能性は大いにある。恐竜帝国にはそういう慣習がないのかもしれない。

「この指にはめてくれとわざわざ指定されたんだ」
「だからって素直に言うこと聞くなよ!」
「どうしてそこまで必死になる」
「いやそれは……アレだよ!」
「は?」

しどろもどろになる拓馬に対して、カムイはどこか白けた反応だ。この調子だと本当に分かっていないようだ。拓馬は自分ばかりが焦っているのが馬鹿らしくなってきた。
カムイが指輪を渡された場面を見てはいないが、渡してきた相手は小さい女の子なのだろう。一生懸命ビーズで作った指輪がうまくできたので、憧れのお兄さんにプレゼントしたい。指輪というものは左手の薬指にするものらしい。なぜならお父さんとお母さんが揃ってその指に指輪をしているから。きっと仲良しのおまじないなんだ――そんな流れがあったのではないかと、だいたいの想像はつく。そこにあるのは純粋な子供心だけで、カムイだってそれを真摯に受け止めただけにすぎない。深い意味も変な下心も全くなくて、むしろ大げさに反応する方がおかしいのだ。……なのに、「そこだけはダメだ」という思いが張り付いて離れない。

「……お前がそこに指輪してんのは、なんか嫌なんだよ……」
たとえおもちゃの指輪でも。
この感情がただの我侭で、子供じみた独占欲だということは理解している。まして、左手薬指に指輪をすることの意味を知らないカムイからしてみれば、拓馬の言っていることは頓珍漢な発言にしか思えないだろう。それでも譲れなかった。
カムイは拓馬の顔を探るようにじっと見つめていたが、やがておもむろに指輪を外してポケットに入れた。それを見て内心安堵する。ごねる理由をカムイが詮索してこなかったのが救いだった。

「……」
「……」
妙に気まずい沈黙が流れる。何も訊かれないのは訊かれないで居心地が悪かった。文句や憎まれ口の一つでも投げつけてくれれば、売り言葉に買い言葉を返して、いつものように喧嘩になって有耶無耶にできるのに。なぜか今日ばかりはカムイも無言で、空っぽになった左手の薬指を見つめている。拓馬は手持ち無沙汰になって、飲みかけのミネラルウォーターを一気に飲み干した。
「なんつーか……別に変な意味とかねえから」
「……」
「その指輪をくれた子が悪いとかいうわけでもねえんだ。ただ単に俺の気持ちの問題ってだけで……お前は気にしなくていい」
「そうか」
カムイは淡々と返事をした。長い睫毛が上下に揺れる。そしてひっそりと呟いた。

「ここにお前が指輪をはめてくれる予定でもあるのかと思った」

一瞬、その言葉の意味が理解できなかった。
拓馬はカムイの発言を聞き流しそうになって、しかし直後にいや待てと思い直し、脳内でその言葉を吟味して、ようやく「はあ!?!?!?」と素っ頓狂な声で叫ぶに至った。隣でカムイがうるさそうに眉をひそめる。
「違うのか」
「ちが……わねえけど!」

違うとは冗談でも言いたくない。それはまあ一応恋人同士だし、ゆくゆくはそういう関係を結ぶことを考えないでもないわけだが、カムイの口からそんな言葉が出てくるとは思いもしなかった。青天の霹靂だ。
というかお前、指輪の意味知らないんじゃなかったのかよ!?詐欺か!?と叫びそうになって、拓馬は寸でのところで思い留まる。カムイがその意味を知らないとしたのは完全に拓馬の思い込みだ。こいつは人間の慣習なんて興味ないだろう、ましてや結婚に関するあれそれなんて、などと勝手に判断してカムイの無知を決めつけた。だが実際は、カムイは思った以上に人間の文化をよく知っているし、拓馬がやきもきする理由も察している。
そして――左手の薬指に「本物」の指輪をはめるとしたら、その相手は拓馬だということを、当たり前に受け止めている。何ひとつ疑問を抱かず、何ひとつ衒うこともなく。

こいつは本当に俺のこと好きなのか?などと考えたことが、今になってひどく馬鹿らしく思えた。カムイは相変わらず何を考えているかよく分からないし、言葉も行動も足りないところが多いが、感情の矢印はしっかりとこっちに向いている。しかも結構な質量で。
拓馬は自分の顔がじわじわと熱をもち始めているのに気付いて呻いた。こいつにこんな照れさせられることになるとは。それに対して隣のカムイはいつもの涼しい顔だ。自分が割ととんでもない発言をしたという自覚は一切ないらしい。これじゃあ勘違いさせられる奴もいるよなあ……と、カムイに本気で恋しているであろう女子に思いを馳せてしまう。悪いがこいつの心と左手の薬指は俺のもんだ。大人げないと言われようと、これだけは譲れない。

「やっぱ訂正する、そこは空けといてくれ」
「いつまで空けておけばいい」
「そこまで決めとかなきゃなんねえのかよ!?分かるかっつうの!未定だ未定!せっかちすぎんだろ!」
「お前に心変わりされては敵わん」
「するかよ馬鹿!!……あー……じゃ、まあ、予約だけ入れとく」
「わかった」

カムイが作戦のブリーフィングを行う時と全く同じ表情と口調で言うものだから、本当にわかってんのかこいつ、と思わずにはいられない。だが、空っぽの薬指を見つめる視線は真剣そのものだ。
何を考えているかよく分からず、時々距離感がおかしくて、平然と殺し文句を言ってくるこいつこそ、拓馬にとってのかわいい恋人で、生涯の伴侶となる予定の男なのだった。


◆◆◆


「カムイお兄ちゃんもう帰っちゃうの~!?もっとお喋りしようよ~!」
「カムイ様、次はいつ来てくれるんですか?」
「カムイさん!!このクッキー、よかったら食べてください……!」

学校の訪問を終えて帰る間際、またしてもカムイは女子に囲まれていた。拓馬と獏はその様子を少し離れた場所から見ている。
「モテる男はつらいねえ~」
「だな」
「……なんだよ拓馬、随分余裕じゃねえか。前はカムイが女子に囲まれてるとすげー顔してたのに」
「あの時とは違うんだよ」
「うわっ出たよ彼氏面」
「その言い方やめろ」
「ほんとのことだろ~」
いつもなら獏に茶化されるとムキになるところだが、今日はそういう気にならない。むしろモテるカムイを心穏やかに眺めていられる余裕まである。

おさげの女の子が、女子たちの輪をかいくぐるようにしてカムイの前へ進み出てきた。カムイは膝を折って少女に目線を合わせる。自然な動作でそんな気遣いを見せられて、周りにいた女子が「やさしっ……」と小さい声でときめきを噛みしめる声が聞こえた。
「どうした?」
「あっ、あのね、あたしも指輪つくったから、あげる!」
はい!と差し出されたのは、ハートのビーズがあしらわれた指輪だった。昼にカムイへ指輪をプレゼントした子に感化されたのだろう。少女は「ここにつけて!」とカムイの左手薬指をびしりと指差した。有無を言わせぬ圧がある。

またこのパターンか!と拓馬は思わず身構えた。身構えたところで、少女から指輪を取り上げるわけにもいかないし、カムイに釘を刺しに行くわけでもないのだが。
ちらちらと様子を伺う拓馬の視線に、カムイは気付いていないようだった。彼は少女をまっすぐに見つめて、それから微かに口元を緩めた。なにもつけていない左手の薬指を、もう片方の手の指でゆっくりとなぞる。

「すまない。ここはもう予約済みなんだ」

小さな秘密を打ち明けるように、カムイは言った。淡々と、しかしはっきりとした声で。少し離れた場所にいた拓馬にもその言葉は耳に届いた。
少女はぱちくりと目を見開いて、「よやくずみ?」とおうむ返しに言った。
「もう、だれかいるってこと?」
「ああ」
それを聞いて発狂したような声を上げたのは、周りで聞いていた女子たちの方だった。憧れのカムイ・ショウが、自ら意中の相手がいることを肯定したのだ。「きゃあ~!」とも「ぎゃあ~!」ともつかない声が響き渡る。周囲は阿鼻叫喚の混乱に陥った。

「な、なんか凄いことになってんぞ……おい大丈夫か拓馬」
「いや……」
全然大丈夫じゃない。カムイの言葉がクリティカルヒットしたのは女子にだけではなかった。拓馬も見事に心を撃ち抜かれてしまった。一日に二度も殺し文句を浴びせられて正気を保っていろという方がどうかしている。拓馬は服の上から心臓のあたりを強く掴み、声にならない呻き声を上げた。
よろけながら顔を上げると、女子の輪の中心にいるカムイと目が合った。これでいいんだろう?と言わんばかりに、ふっと微笑まれる。いや、予約を入れとくとは言った、言ったけど。そんな綺麗な顔で微笑まれるとか完全に想定外なんだよこっちは!こみ上げてくる感情は完全に積載量を超えて、もう収集がつかなくなりそうそうだった。

「あーーーークソッ!!!!」
拓馬は一声大きく叫ぶと、混乱を極めている女子の群れに単身突っ込んだ。ざわめく彼女らを掻き分けてカムイの手を掴む。何もつけていない左手を。
驚いた顔をするカムイとは目を合わせず、拓馬は無理やり輪の中から彼を引き剥がした。そして手を掴んだままカムイを引っ張るようにずんずんと歩いていく。始めは大股歩きだったが、しばらくすると小走りになり、やがて本気で走り出した。背後で女子の悲鳴が聞こえたが気にしない。繋いだ手からカムイの戸惑いが伝わってきたが、カムイは止まることなく拓馬の走りに合わせていた。

「どうしたんだ拓馬、」
「もう予約とか悠長なこと言ってられるか!指輪なんてなくてもいい!」
「何を……、」
「するんだろ!!結婚!!」

照れ隠しに放った叫びは思った以上に声量が大きかった。目を合わせられなかったが、隣で息を呑む音は聞こえた。それから一瞬置いて、カムイが深く頷いたのが分かった。繋いだ手からも分かるほど、深く。それは何よりも確かな肯定だった。

二人の後ろで、下校時刻を告げる学校のチャイムが鳴る。それは祝福の鐘の音にも似ていた。

 


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2021/11/08