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ラプンツェルと金木犀(拓カム)

※火星での戦いが終わったあとのif
※バッドエンド

 

長い長い戦いが、ようやく一つの終わりを見ました。
人と竜は時に対立し、時に手を取り合って、新しい星で共に生きていくことを選びました。争いのない、束の間の平和が訪れたのです。
戦いの日々が終わったことで、人は思い出してしまいました。自分たちには決して許してはならない存在があると。彼等の母星を破壞し、安住のできない場所にしてしまった者の名を。

『罪には罰を。あれは例外なく裁かれるべきだ』
『殺すのか。ここで殺せば、繰り返されてきた負の連鎖が永劫続くことになる』
『あれが犯した罪の大きさを見ろ。我等の怒りと悲しみは決して消えない』
『あの者は、贖罪のために全てをなげうって戦った。何も命まで奪うことはない』
『ならば光を奪おう。あれは、未来を見たことで愚かな選択をした。余計なものを見て、また要らぬ気を起こさぬように』

 


石造りの長い階段を上る。手には木の枝。青々とした葉と、橙色の小さな花がついている。拓馬が歩くたびに甘い香りが漂った。
長い階段の先に、木でできた粗末な扉があった。この塔が作られてから、扉に鍵がついたことは一度もない。ノブに手を掛ければ軽い力ですぐに開いた。
部屋の主は、椅子に腰掛けていた。窓から吹く風が、腰まで伸びた彼の長い髪を揺らす。

「カムイ」
名を呼べば、彼は拓馬の方へ顔を向けた。その目は閉じられていて、拓馬を見ることはない。だが嬉しそうな様子は伝わってきた。
「拓馬か」
「おう。悪いな、ちょっと間が空いちまった。一週間ぶりくらいか?」
「気にすることはない。……この香りは」
首を傾げた彼に、拓馬は手に持っていた木の枝を差し出した。包みも何もない、剥き出しの木の枝だ。むせ返るような甘い香りが部屋いっぱいに広がる。
金木犀だ。温室で育てられてたやつを一本もらってきた。ちょうど花が咲いてたから」

その温室では、地球からかろうじて助け出された植物が、種の保存のため大切に育てられている。本来なら枝の一本を持ち出すことさえ許されないが、拓馬が頼んだら快く受け入れられた。彼の頼みを断る者は今やどこにもいない。温室を管理する職員たちのみならず、火星に生きる人類にとって拓馬は英雄のような存在だからだ。
そうして手折られた金木犀は、地球で育つ時と何一つ変わらない香りを放っている。カムイは口元を綻ばせた。

「この花は金木犀というのか。確か、早乙女研究所の敷地内にも植えられていたはずだ。秋になるとどこからかこの香りが漂ってきていた。香り始めたなと思ったらすぐに消えるから不思議に思っていたんだ」
「花の時期は一週間くらいですぐ終わっちまうらしいからな。結構レアだぜ」
「そうか。……懐かしいな」
カムイが枝に鼻を近付けると、触れた拍子に橙色の花が零れた。白い服の上に小さな花の粒が散らばる。だが、カムイはそれに気付かない。気付けないのだ。

光を奪われた目。長く伸びた髪。鍵のない扉と、無機質な白い部屋。高い高い塔の上で、彼はたった一人で暮らしている。
人間たちが与えたその罰を、彼は粛々と受け入れた。何一つ抗わず、何一つ揺らがずに。
拓馬はカムイの髪に視線を移した。腰まで伸びたその髪は、流れた歳月の長さを物語っている。いつだったか、邪魔じゃないのかと尋ねたことがあったが、彼は切る気はないのだという。「忘れないように」と彼は言った。「何を?」とは訊けなかった。

その気になれば、拓馬はカムイの手を引いてこの塔から連れ出すことだってできた。追われる身になろうとも、世界中が敵になろうとも構わないとさえ思った。だが、カムイはそれを望まないだろう。始めから扉に鍵はなく、いつだって逃げ出せるはずなのに、彼が自らこの塔から出ることは決してない。開け放たれた窓から身を投げることも。
拓馬にできるのは、こうしてカムイのもとを訪れては、手土産に花を差し出すことくらいだった。世話のできないカムイが花をあっという間に枯らしてしまっても、拓馬は幾度となく花を持ってきた。枯れた花を始末して、花瓶を洗って水を入れ、新しい花を生けてやる。花の色を楽しむことができないなら、せめて香りくらいはと、自然と香りの強い花を選ぶようになった。

拓馬は手を伸ばして、カムイの服の上に零れ落ちた花を掬った。そしてカムイの手を取ると、掌にその橙色を乗せてやった。甘い香りが濃くなった。
「良い香りだ」
そう言ってカムイは目を閉じたまま小さく微笑んだ。柔らかで優しい微笑みだった。とても満ち足りているように思えた。
ずっと、こんなふうに笑うのを願っていたはずじゃなかったのか。だが拓馬の胸に湧くのは無力さと焦燥ばかりだ。

花の香りは、彼の心をひととき慰めることはあっても、その生き方を変えるほどの力はない。人間に与えられた罰によって半端に生かされてしまった彼は、高い塔の上で一人、命という蝋燭の火が消えるのをただひたすらに待っている。
穏やかな風が吹く。金木犀の甘い香りが部屋を満たす。残酷すぎるほど平穏で、美しい昼下がりだった。

 


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2021/11/03

BGM:ラプンツェル/n-buna

「僕の目に君が見えないなら 何が罰になるのだろう
神様が何も言わないなら 誰が僕を赦すのか」

 


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