luica_novel

書いた小説の倉庫です

星空に鼻歌(拓カム)

※アークのアニメ5話(女王蟲編)と6話(恐竜帝国編)の間くらいの時系列

 

歌がきこえる。
星が夜空を埋め尽くすような夜だった。シャワーを浴び終えて自室へ戻る途中、どこからか小さな歌声が聴こえてきのだった。それこそ今夜の空模様にふさわしい、星がきらめくような歌声だった。

カムイは足を止めて耳を澄ませた。声はここからそう遠くはない場所から聴こえているらしい。自然と足がそちらの方向へと向いた。誰が歌っているのかが気になった。聞き覚えは確かにある。どこかで絶対に聴いたことがあるはずなのに、誰なのかまでは思い至らない。こんなにも美しい声なら忘れるはずがないはずだが。
声はバルコニーから聴こえてきていた。歌はちょうど一番盛り上がる部分に差し掛かっていて、カムイは歌を邪魔しないようにそっと気配を消して出入り口の前に立った。顔を上げて歌声の主の姿を見とめる。その瞬間、カムイは息を呑んで瞠目した。――そこにいたのは、流拓馬だったからだ。

まるで絹のように繊細で優しい声だった。囁くような息遣い。伸びやかなロングトーン。頭上に輝く星と同じくらい、いやそれ以上にきらきらと煌めいている。
目を閉じて聴いていれば、線の細い美少年が歌っているようにしか思えない。だが目を開ければそこには流拓馬。「繊細さ」や「きらめき」とは程遠いビジュアルだ。なのにその喉からは絶え間なく美しい歌声が紡ぎ出されているので、あまりのギャップに眩暈がしそうになる。本当に本人か?蟲が拓馬に擬態でもしているんじゃないのか?そんな疑問が頭をもたげるが、何度目を擦ってみても拓馬本人にしか見えないし、歌声だって紛れもなく拓馬の声帯から発せられている。

カムイの混乱をよそに、拓馬はワンコーラスを最後まで歌い切った。おおかた、星が綺麗だったから気を良くして一曲歌いたくなったとか、そういうところだろう。拓馬は満足げにもう一度星空を見上げ、自室へと戻るためにバルコニーを出ようとする。……が、振り返った先にカムイが無言で突っ立っているのを見て、悲鳴にも近い叫び声を上げた。
「うぎゃっ!?!?」
猿のような叫び声だった。その声を聞いて、ああやはり拓馬だな、とカムイは妙な安心感を覚えた。

「カ……カムイ!?なんだよテメー!びっっっっっくりしたじゃねえか!オバケかと思ったわ!」
「幽霊ではない」
もう幽霊騒ぎはこりごりだ。カムイは気配を消すのをやめてバルコニーに足を踏み入れ、腰を抜かしかけている拓馬の隣に立った。満天の星空が頭上に広がっている。こんな星の夜ならば、歌いたくなる気持ちも少しは分かる。
「……人様が歌ってるのを盗み聞きとか趣味わりーぞ……」
拓馬が小さい声でぼそぼそと文句を言う。いつもの威勢の良さがないのは、一人で気持ちよく歌っているところを見られたことへの気恥ずかしさがあるからだろう。その顔は夜でもよく分かるほど赤く染まっていた。

「なかなか上手いものだから、声をかけるのもどうかと思ってな。あれは何という歌だ」
「曲名か?俺も知らねえよ。前にどっかの店に入った時、有線かなんかで繰り返し流れてたんだ」
「それだけであれほど歌えるものなのか」
「昔から物覚えはいい方なんでな」
拓馬は直感的に物事を捉えて、すぐ自分のものにする。ゲッターの操縦でもそうだ。歌をワンコーラス分覚えるくらい彼にとっては造作もないことなのだろう。今夜だけで、カムイは拓馬の意外な一面をいくつも見たような気がした。

「……お前は、普段の言動と歌っている時とで、だいぶ印象が変わるな」
ん?と拓馬が眉を吊り上げてカムイを見る。そんな顔の動きひとつ取っても、あの繊細な歌声とは似ても似つかない。がさつで、デリカシーがなくて、人のことを無遠慮にじろじろと見てきて、口より先に手が出る猿のような男だというのに。
「歌声は本当に綺麗だった。普段から、喋る代わりに歌っている方がいいんじゃないか」
「そりゃ褒めてんのか貶してんのかどっちだ」
「両方だな」

ああそうかよ!と拓馬が顔を赤くしながらそっぽを向いた。がさつな言動に文句を言われるのはいつものことだが、歌声を褒められるのには慣れていないらしい。髪をぐしゃぐしゃと掻きまぜながら、恥ずかしさを紛らわすように舌打ちをする。こうして見ると案外可愛げがあるように思えた。

夜風が頬に吹きつける。シャワーを浴びたばかりの体が少し身震いした。そろそろ屋内に戻った方がよさそうだ。だが、踵を返そうとしたカムイに、拓馬がすかさず声をかける。
「おいこら待てカムイ!俺ばっか歌聴かれて不公平だろ!お前もなんか歌えよ!」
「はあ?」
頓珍漢な要求に、カムイは首を傾げた。意味がわからない。
「なぜ俺が歌う必要がある」
「盗み聞きした罰だ!」
「流行りの歌など知らん」
「知ってる曲のひとつやふたつあるだろ!」
「……童謡なら」

拓馬が頭からずっこけるような素振りを見せたので、カムイはむっとして眉根を寄せた。童謡くらいしかまともに歌えないのは本当だ。カムイが早乙女研究所に預けられたばかりの頃、人間の文化に早く馴染むようにと歌わされた記憶がある。森のくまさんだとか、ドレミの歌だとか、かえるの合唱だとか。それ以外では流行りの歌など聴く機会もなかったし、自分から好き好んで聴くものといえば、早乙女研究所内の図書室にあったクラシックCDくらいだ。

「まあいいや、童謡でいいからなんか歌ってみろよ」
拓馬は有無を言わせぬ態度で歌唱を要求してくる。この様子だと、おそらくカムイが歌うまで絶対に逃がしてはくれないだろう。カムイの方も、勝手に盗み聞きをした負い目は少しばかりあったので、頑として撥ねつけるわけにもいかなかった。溜息をひとつ吐いた。仕方ない。
「かーえーるーのーうーたーがー、きーこーえーてくーるーよ……、」
小さい声で歌い始めたカムイだったが、途中でぷつりと歌声が止まる。いきなりどうした、と拓馬がカムイを見やると、逆にカムイは不思議そうに拓馬を見つめ返してきた。

「な、なんだよ」
「追いかけてこないのか」
「は?」
「『かえるの合唱』は、輪唱だろう」

カムイは真顔だった。あまりにも真面目にそんなことを問うてくるので、拓馬の方が呆気にとられてしまう。誰に教わったのかは知らないが、「かえるの合唱」は輪唱で歌うものだと当たり前に思っているらしい。幼少期の刷り込みの効果は絶大だ。別に単独で歌ってくれていいのだが、こちらをじいっと見つめてくるカムイの視線を無下にすることはできなかった。こいつ、ひねくれてるんだかピュアなんだかたまに分からなくなる。
「あーあー分かったよ、後について歌えばいいんだろ!」
拓馬が観念したように言うと、カムイは小さく頷いてまた歌い始めた。

「かーえーるーのーうーたーがー」
「かーえーるーのーうーたーがー」
「きーこーえーてーくーるーよー」
「きーこーえーてーくーるーよー」

カムイの歌を拓馬が追いかけるようにして、時間差でふたつの声が重なる。単純なメロディーから和音が生み出されて広がっていく。不思議と心地よさを感じた。拓馬が最後の「くわっくわっくわっ」を歌い終えると、二人は自然と顔を見合わせた。どちらともなく笑いが起こる。
「久しぶりに歌ったけどよ、案外楽しいもんだな」
「同感だ」
「今度は獏も入れて三人で歌うか。ゲッターロボアーク合唱団、なんつって」
何を想像したのか、カムイが耐えきれずに噴き出した。その反応が新鮮で、こいつでもこんなふうに笑うことあるんだなと拓馬は意外に思った。気持ちよく歌っている現場を見られた気恥ずかしさは残るが、これはこれで役得かもしれない。

頭上には満天の星空。思わず鼻歌を歌い出したくなるような静かな夜だ。
二人をこの場所に引き合わせた星たちは、素知らぬふりで今もちかちかと瞬いている。

 

------------------------------
2021/11/01

拓馬くん、CV内田雄馬なんだから絶対歌うまいでしょ…と思って書きました
ちなみに拓馬くんが歌ってた曲はうたプリの鳳瑛二くん(CV内田雄馬)の「宵闇Secret moon」です(ゲッターとうたプリが交差する世界、何?)