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飴と鞭の飴だけあげる(隼人とカムイ)

※早乙女研究所の平和なハロウィン
※ショタカムイと神隼人が出てきますが、神隼人はただの親バカです

 

「いいかカムイ、今日はその格好で研究所内を練り歩いてもらう」
「はい」
「今からお前は魔法使いだ。完璧になりきれ。それが今回の任務だ、ぬかるなよ」
「はい」
「合言葉は『トリック・オア・トリート』だ。研究所の人間に出くわしたら先手を取って言うんだぞ。さん、はい」
「とりっく・おあ・とりーと」
「……上出来だ」

頭には紫色の三角帽子、肩には長いマント、片手にはバスケット。もう片方の手には、先端に星がついたステッキ。小さな子供は魔法使いの格好をさせられて、目の前に立つ大きな大人を見上げている。大きな大人――神隼人は、もう一度カムイの姿を上から下まで眺めて、「よし」と呟いた。何が「よし」なのかはカムイには分からない。
だが、これは任務。きちんとやり通さなければ。緊張の面持ちで背筋を伸ばしたカムイに、隼人は軽く笑いかけた。
「心配するな。私は少し離れた場所で見ているから」
そう言って首から提げたカメラに触れる。望遠レンズ付きの黒くていかついカメラだった。


カムイは手始めに食堂から回り始めることにした。食堂の女性たちには日頃から可愛がってもらっているからだった。
「こんにちは。とりっく・おあ・とりーと」
「あらあらカムイちゃん、今日はどうし……あらあ~~~!?かわっ……かわいいこと~~~!?どうしたのこれ!かわいい~~~ちょっとみんな見てよ!カムイちゃんがすごくかわいいの!」
「あらっ魔法使い!?かわいい!そっか今日はハロウィンだものねえ!」
「ちょっとちょっと……かわいいじゃない……」
「お菓子欲しいんでしょ?たっくさんあるからいくらでも持っていきなさい!」

一人に見つかったかと思えば、あれよあれよという間に食堂の人たち全員に囲まれてしまった。手に持ったバスケットに色とりどりのお菓子を詰め込まれる。一緒に写真を撮りましょうだとか、ちょっとポーズ取ってみてだとか、彼女たちのリクエストにカムイはたどたどしく応える。そのたびに「かわいい~~」と黄色い歓声が上がった。好きなだけおもちゃにされたあと、カムイはようやく解放された。一つ目の場所から既にバスケットがいっぱいになりそうだった。


次に向かったのはゲッターの整備場だった。大男たちが怒号を飛ばしながら忙しなく動き回っている。カムイは自分が急に場違いなところに来てしまった気がしてまごついた。真剣に仕事をしている人たちの前に、こんな浮かれた格好をして出ていくのはおかしいのではないか。
不安になって後ろを振り返ると、壁から顔を覗かせた隼人が「大丈夫だ」とでも言うように頷いた。全然大丈夫ではない。しかしこれは任務だ。怖くても行かなくてはいけない。カムイは勇気を出して整備場に足を踏み入れた。

「あの!忙しいときにごめんなさい!とりっく・おあ・とりーと!」
「ああん!?なんだあ!?鳥だかなんだか知らねえが付き合ってるヒマは…………うん?」
一際大きい怒号を放っていた男が、カムイの姿を見下ろしてぴたりと動きを止める。緊張で震える子供を頭の上から爪先まで眺め回すと、一言、
「……魔女っ子かあ?」
そう呟いた。

「えっと、魔法使いです」
「なんだっけか、こういう時は甘いモンをやればいいんだったか?」
「は、はい」
「おい新入りィ!休憩所になんか菓子あったろ!ありったけ持ってこいや!!」
男の怒号がカムイの鼓膜をびりびりと震わせる。声を掛けられた若い作業員が、「はい!!」と大きな返事をして、休憩所と思われる部屋めがけて一目散に走っていった。

「よし!オレらも休憩にすっぞお!」
男の呼び掛けで、その場にいた作業員たちが手を止める。「なんかちっこいのがいる」「魔法使い?」「今日ハロウィンかあ」などと、仮装したカムイを見て好き勝手言っている。カムイは顔を赤くしながら小さくお辞儀をした。
男から手渡されたのは、べっこう色の細長い飴と、かりんとうの小袋だった。食堂でもらった色とりどりのチョコやキャンディとは違って渋いラインナップだった。


それから三か所目、四か所目とカムイは研究所内を回っていった。カムイを見ると研究所員は口を揃えて「かわいいねえ」とにこやかに微笑み、たくさんのお菓子を渡してくれた。敷島博士のところでは手榴弾を持たせられそうになったのでかなり焦ったが。いつしかカムイのバスケットの中はいっぱいになっていた。
最後に回ったのは研究棟の一角だった。泊まり込みで研究を続けている研究員が多いエリアだった。

「どうも、カムイくん……なんだか今日はかわいい格好してるのね……」
訪れたカムイを迎え入れる研究員の顔もどこか覇気がない。何日徹夜をしているのだろうか。部屋の中を見回してみても、数名いる研究員らの動きはまるでゾンビのようにのろのろしていた。

「お菓子、お菓子ね……確か給湯室にあったはずだけど……」
「あの、」
「なあに?」
「もしよかったら、みなさんも休憩しませんか?疲れているみたいなので……」

研究員の女性は目をぱちくりと瞬かせた。驚いたようにカムイを見下ろして、それから一言「そうね」と息をつく。
「少しお茶をしましょうか。カムイくん、あなたも何か飲んでいく?……それと後ろの神司令も」
声を掛けられて、離れた場所の壁に潜んでいた隼人が顔を出した。カムイが目配せをすると隼人も頷いた。


オレンジジュースをご馳走になったカムイは、再びスタート地点の司令室に戻ってきた。空だったバスケットはもう入りきらないほどお菓子で溢れている。
「こんなにたくさん、どうしよう……」
「部屋に持って帰って構わん。少しずつ食べればいい」
「いいんですか?」
「勿論だ。お前がもらったものだろう?」
隼人から許可を得て、カムイは嬉しそうにバスケットを抱きかかえた。まるで宝物のように。

「でも、ぼくばかりもらってしまって、よかったんでしょうか」
「ここには小さい子供なんてお前くらいしかいないからな。疲れた大人にとっては、子供が可愛らしい仮装をしているのを見るだけで満足できるものなんだ。癒やしというやつだな」
「はあ……」
カムイには隼人の言っていることの半分ほどしか理解できなかったが、自分がこの格好で歩き回ったことで何かしらの良い影響は与えられたらしい、ということはなんとなく分かった。会う人みんなが「かわいいね」と笑顔を見せてくれたのが何よりの証拠だった。

カムイは隼人の顔をじいっと見上げた。隼人が視線に気付いて「どうした?」と声をかけると、カムイは思い切ったように声を上げた。
「神司令、ちょっとしゃがんでください」
今度は自分がトリック・オア・トリートを言われるのか。隼人は内心で焦った。今回はカムイの写真を撮ることばかりに注力していたから、菓子を持ってくるのを失念していた。あげられるものは何もない。最後の最後にカムイをがっかりさせたくはなかった。どうする。今からでもどこかの部屋から菓子をもらってくるべきか。

そんなことを頭の中でぐるぐると考えていたら、カムイが隼人の手を取った。カムイの手は隼人よりもっとずっと小さかった。まだまだ幼い子供の手だ。
カムイはポケットから何かを取り出すと、隼人の傷だらけの手に何かを握らせた。
「これはぼくからです」
手を開くと、そこには棒付きのキャンディがあった。紫色のぶどう味。隼人に渡すためにずっとポケットに入れていたのだろう、周りが少しだけ溶けている。

カムイがそわそわとした様子でじっと見つめてくるので、隼人はおもむろにキャンディの包みを取って口にくわえた。甘い砂糖の味が口いっぱいに広がって、それから人工的なぶどうの香料が鼻に抜ける。いかにも子供が喜ぶ味だ。こんなふうに甘いものを食べたのはとても久しぶりに感じた。

「おいしいですか」
「ああ」

頷くと、カムイは顔をぱあっと明るくさせて、はにかむように笑った。隼人は餌付けをされている気分になった。大人たちから与えられるばかりだった子供が、逆に隼人へキャンディをあげて、こんなにも嬉しそうにしている。たまにはこんな甘いだけの菓子を食べるのも悪くはないと思った。

 

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2021/10/31