luica_novel

書いた小説の倉庫です

これは君を取り戻すまでの道筋(拓馬とゴール三世)

※アニアク13話Cパートに至るまでの話
※ゴール三世がだいぶ弟に甘い

 


人類が火星への移住を始めて数か月が経った。混迷を極めた状況も落ち着きを見せ、少しずつではあるが人々に笑顔が戻ってきた。しかしその中で、険しい表情を崩さない人物が一人。流拓馬は今日も火星の荒野を睨んでいる。
「こえー顔してんぞ、拓馬。そんなんじゃ子供が逃げるぜ」
紙コップを持った獏がその隣に立つ。獏に視線を合わせないまま、拓馬はコーヒーの香りが立ち上るそれを受け取った。一気に口の中に流し込んだら、壮絶な苦味が襲ってきてまた眉をしかめる。豆が違うのか水が違うのか、理由は分からないが、早乙女研究所で飲んだコーヒーとは随分味が違う。この火星でコーヒーという嗜好品を飲めるようになっただけでもありがたいと思うべきなのだろうが。

獏は拓馬と同じ方向に目を向けた。強化ガラスの向こうでは激しい風が吹き荒んでいる。建物から一歩外に出れば、過酷な火星の環境が待つ。開拓業務以外では好き好んで外に出ようという者はいない。だが拓馬はじっと窓の外を見つめ続けている。彼の求めるものは目の前の荒野のずっと先にあるのだ。
「……またカムイのこと考えてたのか?」
獏の問いかけに、拓馬は返事をしなかった。代わりに紙コップをぐしゃりと握り締める。図星だった。

「まあ、お前はよく我慢してる方だと思うぜ。火星の移住が終わるまで待っていられたんだからよ」
「ここでちんたらしてる間にあいつが処刑されてたら、今度こそ恐竜帝国ぶっ壊してやる」
「お前が言うとシャレになんねえんだよなあ……でも安心しろ。俺の予知が正しければ、カムイはまだ生きてる」
「信じていいのかよ」
「たぶんな」
まるで責任を負うつもりのない獏の言葉に、拓馬は毒気を抜かれて溜息をついた。張り詰めていた空気が緩む。獏はそんな親友の姿を横目で見ていた。

――今から数か月前。覚醒したゲッタードラゴンにより、カムイの操るバグは敗北を喫した。ドラゴンの登場により拓馬はかろうじて死を免れたわけだが、今度はカムイの方が死にかける番だった。ドラゴンは容赦なくバグを攻撃した。とどめを刺そうかという瞬間、ぎりぎりで獏が横槍を入れた。エンペラーに送り届けられた獏が、時空の裂け目から地球に戻ってきたのだった。
獏はドラゴンとの対話を試みた。「こちらの都合で突然起こしてすまなかった、『その時』が来たらまた改めて起こしにくるから、今は二度寝をしていてくれ」という旨を誠心誠意伝えると、ドラゴンは「二度寝」のために自ら繭の中へと戻っていった。

問題はその後だ。獏がドラゴンと対話している間に、恐竜帝国はカムイをコクピットごと回収してしまったのだ。荒廃した地上には、生身の獏と、「カムイを返せこのトカゲ野郎ども!」と口汚く叫びながら操縦桿をがちゃがちゃと動かす拓馬、そして激しい損傷によりぴくりとも動かないアークの機体だけが残された。
それからの日々は目の回る忙しさだった。バグの攻撃によって地上は人が住める場所ではなくなり、火星への移住計画が最優先で進められた。拓馬と獏も、火星へ打ち上げたロケットを護衛する任務に駆り出された。カムイを恐竜帝国から奪い返すことなど許されるはずもない。

そうこうしている間に恐竜帝国から一通の親書が届いた。実権を取り戻したゴール三世が、人類側に停戦を持ち掛けてきたのだ。「クーデターを起こした愚か者共は処分したので安心されよ」という内容に、再び拓馬は怒りをあらわにした。処分ってなんだ、あいつは死んだのか、許さねえぶっ殺してやる!――そんな言葉を叫び散らして暴れに暴れた。母親の仇を目にした時と同じくらい、いや下手すればそれ以上に拓馬はキレていた。長い付き合いのある獏ですら、その状態の拓馬を止めるのには骨が折れた。

「大丈夫だ、カムイは絶対に生きてる」と言い聞かせてなんとか思い留まらせることはできたが、カムイに対する拓馬の執着心は消えていない。それどころか日に日にその強さが増しているように思えた。暴れてもいないし言葉に出すわけでもないのだが、火星の荒野を見つめる目には嵐が渦巻いている。その視線の先には、生きているかどうかも分からないカムイがいる。
母親の仇を討つために復讐の炎を十年絶やさなかった拓馬だ。カムイの生存を確認し、恐竜帝国から奪い返すまでは絶対に諦めないだろう。もし万が一カムイが既に死んでいたらと思うと寒気がする。獏といえど、さすがに拓馬を止める自信はない。頼むから生きていてくれと願うばかりだった。



カムイを取り戻すチャンスは存外早く訪れた。恐竜帝国と人類側の連合軍の間で和平条約を結ぶために、話し合いの場がもたれるというのだ。恐竜帝国領内で行われるその会議に向けて、拓馬と獏は、連合軍代表の一人である橘翔の護衛役を仰せつかった。恐竜帝国の内情を少しでも知っている者がいた方がいいだろうという判断だった。

「いいか二人とも、これは和平条約を結ぶための会議だ。気持ちは分かるが、今はカムイのことは脇に置いておけ。とち狂って馬鹿な真似をするんじゃないぞ。そうなったら私でも庇いきれない」
翔の忠告に拓馬と獏は顔を見合わせた。二人が「馬鹿な真似」をすることが織り込み済みであるかのような言葉だったからだ。

「もしかしてそれ、振りっすか」
「振りじゃない。私は真面目に言っているんだ。ここでゴール三世の機嫌を損ねてみろ、恐竜帝国との関係悪化は避けられない」
「機嫌を損ねなきゃいいんですか?」
「……は?」

どういう意味だ、と問おうとする翔を振り払って、二人は足早にその場を離れた。口元には物騒な笑みが浮かんでいた。



火星の恐竜帝国領内は物々しい空気に包まれていた。連合軍の代表団を迎える者たちは一様に武装し、鋭い視線を向けてくる。停戦協定が交わされたとはいえ、数か月前までは敵対し合っていた者同士なのだ。人類側にとっては「地球環境を破壞し人類を大量虐殺したハチュウ人類」であり、恐竜帝国側にとっては「またしても地上進出を阻んだどころか火星にまで追いやった憎き人間」である。利害関係が一致しなければ相容れることはない。
その中でも拓馬と獏はゲッターアークのパイロットとして一際強い憎しみの目を向けられていたが、二人ともそんな視線は意に介さなかった。

謁見の間に通され、代表団は帝王ゴール三世の前に膝をついた。ゴール三世は階段の上の玉座に座り、拓馬たちを見下ろしている。俺たちは対等な立場じゃないのか、と拓馬は釈然としない思いでいたが、翔が「我慢しろ」と視線を送ってくるので仕方なくそれに倣う。
「よく来てくれたな、人類の代表者たちよ。懸命な判断のもと、話し合いが滞りなく進むことを願う」
ゴール三世は相変わらずの尊大さでふんぞり返っている。その態度の大きさは地球でも火星でも変わりはない。跪く人間たちを見回し、拓馬と獏に目を留めると「おや」と声を上げた。

「知った顔が二つあるな。とうに死んだと思っていたが、まだ生きているとは。そのしぶとさ、驚嘆に値する」
「……そりゃどーも」
どう考えても褒められているわけではない。それくらいは拓馬にも分かった。翔が「いいから我慢しろ」と強く睨みつけてくる上に、「ステイだ、ステイ」と獏まで服の裾を掴んでくるから、どうにかして自分を抑えている。そんな拓馬の姿を嘲笑うように、ゴール3世は目を眇めて言葉を重ねる。

アンドロメダ流国との戦いでは、ゲッターアークも随分と活躍してくれた。しかし今は苦労しているのではないか?ゲッターはパイロットが三人揃って初めて真価を発揮すると聞く。一人欠けた状態ではさぞかし不便であろう」
「……」
――こいつ、分かってて言ってやがる。拓馬は返事をしなかった。握り拳がみしりと音を立てる。隣にいる獏が息を止めたのが分かった。
「新しいパイロットはもう決まったのか?半端者には凝りたであろう。今度はきちんと『純血』の人間を選ぶことだな。愚かな裏切りで同胞を殺されぬように」

限界だった。

気付いた時には駆け出していた。完全に頭に血が上っていた。弾丸のような速さでゴール三世のもとへ向かう。
「拓馬!」
背後で翔が鋭く叫んだ。しかしそんな制止の声も拓馬の耳には届かない。
逆に、獏は拓馬を止めなかった。友を愚弄された怒りは獏とて同じだったからだ。

「貴様!無礼だぞ!」
「うるせえ!雑魚は引っ込んでろ!」

ゴール三世の喉元に食らいつく前に、すかさず恐竜帝国の兵士が前に出て不届き者を止めようとする。拓馬は迷いなく兵士を殴りつけた。一対多数でも怯みはしない。掴みかかってくる者たちを次から次へと投げ飛ばし、蹴りを入れ、謁見の間は一瞬で乱闘の場と化した。代表団の人間が悲鳴を上げる。翔は拓馬以外の人間に危害が及ばないよう、一団を後ろへと下がらせた。恐竜帝国の兵士は翔たちには見向きもせず、拓馬だけを標的として向かっていく。槍で拓馬に襲いかかろうとした兵士を、獏が背後から羽交い締めにして阻止した。
ゴール三世はその乱闘騒ぎを階段の上から見下ろしていた。「陛下、お逃げください」と側近が促してきたが、彼は玉座から動かなかった。

「やめよ!」

帝王の一声が謁見の間に響き渡る。その声に、恐竜帝国の兵士たちは動きを止めた。場が一瞬にして静まり返る。
拓馬は殴りかけの拳を緩め、兵士の鎧から手を離した。改めてゴール三世に向き直ると、階段を一段ずつ上がっていく。兵士の一部は、拓馬がゴール三世のもとに向かっていくのを止めようと一歩踏み出そうとしたが、帝王はそれを視線だけで止めた。手を出すなという無言の圧だ。ハチュウ人類も人間も、固唾をのみながら拓馬の挙動を見守っていた。
やがて拓馬はゴール三世と同じ高さまで辿り着いた。それに合わせ、帝王も重い腰を上げて立ち上がる。見上げるような体躯だ。拓馬は一歩も引かずに帝王と向き合った。

「流拓馬と言ったか。貴様は何がしたい?」
てめえをぶん殴ってギタギタにしてやりたいよ、と言いそうになるのをぐっと堪えた。本当に言うべきことはそれじゃない。拓馬は細く長く息を吐き出した。
「……教えろ。カムイは生きてるのか、それとも死んでるのか。俺が知りたいのはそれだけだ」
拓馬はそれを知るためだけにここに来た。
ゴール三世は目を細めた。

「あやつがまだ生きていると言ったら?」
「どんな手を使ってでも奪い返す」
「……では、もう死んでいると言ったら?」
「――この場にいる全員、火星の塵だ」

拓馬の纏う空気が一瞬で変わる。激しい怒りを内包した、静かに荒む嵐のような眼。すべてを焼き尽くす炎が彼の中に渦巻いている。謁見の間にいる者全員が、拓馬のその言葉がはったりでも何でもないことを感じ取っていた。彼はどこまでも本気だ。復讐のために時空を超え、アンドロメダ流国を滅ぼした男なのだから。

水を打ったような静けさの中、ゴール三世は不意に声を上げて笑った。
「なるほど!貴様が言うと洒落にならんな!よいぞ、その問いに答えてやるとしよう」
そして傍に控える側近に声をかける。
「この若造と二人で話したい。奥の間に通せ。会議はその後だ」
危険です!と言い募る部下に対し、帝王は聞く耳をもたない。驚きで目を丸くする拓馬に、「知りたければ来い」と目配せをする。ついて行かないという選択肢は拓馬にはなかった。



「なんだ、座らんのか?まあよい」

ゴール三世は慣れた所作で豪奢な椅子に腰掛ける。拓馬も座るよう促されたが、とても腰を落ち着ける気にはならず、立ったままでいた。ゴール三世の意図が読めない。火星の塵にすると脅しをかけられたにも関わらず、平然と拓馬と二人きりになろうとするのは何故だ。人間一人など脅威でもないと思っているのか、それとも単に危機感のない暗愚なだけか。

「さて、カムイの生死についてだが」
さらりと出てきた言葉に、拓馬は肩を強張らせる。
「死んではいない、とだけ言っておこう。あれを生きていると見なしていいなら」
「……そりゃどういう意味だ」
「死んだ方が幸せな場合もあるということだ」
拓馬は黙り込んだ。カムイの置かれている状況を想像していなかったわけではない。だが、ゴール三世の口ぶりから、想定以上に事態は深刻であるらしいと感じ取った。

「カムイがゲッターに負けて戻ってきた時には、即刻処刑すべしという内部の声も大きかった。本来ならとうに処刑されているところだが、わしの一存であやつを生かしておるのだ。本人は望んでおらぬだろうが」
「なんで生かしてるんだ。あんたにとっちゃ裏切り者だろ」
「だが、たった一人の弟でもある。……シベリア戦線後の混乱で、帝国内では帝王の座を巡って権力争いが起こった。暗殺された者、自滅した者――数多くいた兄弟は悉く死んだ。残ったのはハン博士に匿われていたカムイだけよ。腹違いとはいえ、同じ血を引く者を贔屓したいと思うのは当然であろう」
「さっきあんだけカムイのことコケにしといてよく言うぜ」
「あれは貴様を焚きつけるためだ。カムイを処刑すれば、厄介な人間が帝国を滅ぼしかねんという事実を知らしめる必要があったのでな。先程は見事な暴れ方をしてくれた。処刑推進派の輩には良い薬になったであろう」
「はあ?」

拓馬は盛大に口をひん曲げた。平たく言えば自分はこいつに利用されたのだ。「処刑推進派」とやらに、カムイの処刑を思い留まらせるための材料として。それがカムイを生かす手段であることは分かっていても、いいように使われたのは納得がいかない。
簡単に出し抜けると思っていたが、案外抜け目なく手強い相手だ。カムイを生かしておきたいという点でおそらく利害は一致している。しかしだからといって完全に信用するわけにもいかない。拓馬は眉をしかめて身構えた。

「流拓馬よ、もう一度問おう。貴様は何がしたい?」
「……カムイを取り戻す。そんでまたゲッターに乗って戦うんだ。俺たち三人で!」
「カムイが人間を虐殺した張本人だとしてもか?人間どもにとって、あやつは憎悪の対象であろう。そして帝国内においても、罰当たりな謀反人という立場だ。どこに行こうがあやつの居場所はない。牢から出て自由の身になったところで、石を投げられ続ける人生だ。無理に連れ出すのは酷なことだとは思わんのか」

ゴール三世の発言は的を得ていた。この火星でカムイの居場所はどこにもない。人間とハチュウ人類、双方から憎しみの目を向けられるだけのことをしたのだ。
「それでもケジメはつけるべきだ。牢屋に入って罰を受けるだけじゃ何も始まらねえだろ。前に進むには戦わなくちゃならねえ。……あいつだって、きっと分かってる」
「…………」
カムイにまた会いたい。共に戦って未来を切り拓きたい。そう願うこの感情はただのエゴだ。たとえ死んでしまった方が幸せだったとしても。誰とも顔を合わせず、牢で一生を終える方が楽だとしても。拓馬はきっとカムイのその選択を受け入れはしないだろう。何度拒まれても繰り返しカムイに手を差し伸べる。生きる道へ。未来の方へ。

「アークには、――俺たちには、あいつが必要だ」

なぜなら拓馬は知ってしまったからだ。カムイと共に戦う楽しさを。三人でならどこまでも行けるという確信がある。
ゴール三世は黙って拓馬の目を見た。揺らがない瞳。眩しいほどにまっすぐすぎる光。
「……ならば、好きにしろ」
呆れ半分といった様子の声だった。椅子に深々と座り直して、長い溜息をつく。
「最初からそのつもりだったぜ、俺は。それよりカムイの居場所教えろよ。あんたなら知ってんだろ」
「簡単に教えてたまるか馬鹿者。……しかし、まあ、貴様らでも探し当てられるようにセキュリティは緩めておいてやろう」
「そこまですんなら教えてくれてもいいじゃねえか、ケチ!」
「相変わらず不遜な輩め」

低い声でゴール三世は笑った。カムイの兄であり、恐竜帝国の最高指導者である彼には、自分で動きたくても動けないしがらみがあるのだろう。だから拓馬を利用して代わりに何かをさせようとしている。利用されるのは癪だが、それならこちらも帝王の権利を利用し返してやるまでだ。
拓馬はもう一度ゴール三世を見た。クーデターを起こした弟の処刑を先延ばしにして、外部の人間が「強奪」する手引きすら企てた。身内に甘いというのは本当らしい。たった一人の弟を生かすために、衆目の前で弟を愚弄することも、目の敵である人間を利用することも厭わない。外見は似ても似つかないが、わざわざ面倒なやり口を選ぶところはやはり兄弟だと感じた。



「拓馬、無事だったか!?」
密談を終えた拓馬が戻ると、獏が慌てて駆け寄ってきた。ゴール三世は拓馬にちらりと目配せをした後、遅れていた会議の開始時刻を告げた。護衛役の拓馬と獏は、扉の外で会議が終わるのを待っている。

「お前らが二人っきりで部屋に引っ込んだ時にはヒヤヒヤさせられたぜ。本当に火星の塵にする気じゃねえだろうな?って」
「俺じゃなくてあっちの心配かよ」
「だってそうだろ。当初の計画では軽く脅しを入れるだけの予定だったのに、お前の眼がマジだったからな」
「お前だって止めなかっただろ、獏」
「そりゃあ、カムイのことあんな悪く言われちゃなあ。……で、なんか情報は手に入ったのか」
「カムイは生きてる。どっかに捕まってるらしい。居場所は俺らで突き止めろだとよ。お前のハッキングと予知が頼りだ、頼りにしてるぜ」
「丸投げかよ……ま、やるけどな」

生きている確証は得た。探すための手段もこの手の中にある。そう簡単にはカムイを奪還できそうにないが、だからといって歩みを遅くするわけにはいかない。自分たちは三人でなくてはならないことを、拓馬も獏もよく知っている。

 


------------------------------
2022/01/09

→「それも君が生きていくための選択」に続きます