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熾火、焼き芋、秋の空(竜號)

食欲の秋という言葉がある。秋はおいしい食べ物が多いのだという。ならばこれもその「おいしい食べ物」の一つなのだろう。
鮮やかな赤紫色。指を広げなければ持てないほどに太い。そんな大きすぎるさつまいもを二本、ゴウは竜馬の目の前に差し出す。竜馬は眉根を寄せた。

「なんだこれ」
「芋だ。さつまいも」
「それは知ってる。どっから持ってきたんだこんなもん」
「貰った」

ゴウには困っている人間を見ると手を貸さずにはいられないという性質がある。荷物持ちだとか、農作業の手伝いだとか、その内容もかかる時間も様々だ。考えるよりも先に手を差し伸べている。そして人々は、通りすがりの優しい少年へ「何もないけどよかったら」といろいろな物を礼の代わりに持たせるのだった。
竜馬もゴウが人助けをする現場を見たことがあるので、今回も同じような流れだろうと考えた。畑の収穫を手伝って、その礼にと持たされたに違いない。抱えるほど巨大なこのさつまいもを。

「竜馬なら、これのおいしい食べ方を知っているかもしれないと思ったんだ」
さつまいもを持たされたゴウは途方に暮れた。こんなもの、どうやって処理すればいいのか、と。そして次に浮かんだのは竜馬の顔だった。竜馬はいろいろな「おいしい」を知っている。機械的に処理するのではなく、おいしく食べる方法も、竜馬ならきっと知っているはずだと考えた。ゴウの足は自然と竜馬の元へ向いていた。そして今に至るというわけだ。

「……」
ゴウに期待の眼差しを向けられ、竜馬はぐっと息を呑んだ。深夜のラーメンから始まり、事あるごとにゴウを食事に付き合わせてきたのは自分だった。どんな食べ物にも興味津々で、驚きと好奇心を向けるゴウが面白かったから。その新鮮な反応を見るのが楽しみになっていた。半ば餌付けにも近い感覚でゴウに色々なものを食べさせた。
ゴウが食べ物を見て竜馬を思い出すようになったのは、半分は竜馬自身のせいだ。本来反省をしなければいけないところだが、正直なところ、竜馬は嬉しさを隠せなかった。でかいさつまいもを抱えた後輩が、真っ先に自分を思い浮かべて駆けてきたのだ。こんなふうに懐かれてかわいいと思わないわけがない。

竜馬は首を横に振った。後輩の純粋な期待に応えてやらねばなるまい。
「……まあ、芋の食べ方といえば焼き芋しかねえだろ」
「やきいも」
ゴウはきょとんとした顔でその言葉を反芻する。案の定、焼き芋なるものは知らないらしい。
「そうと決まれば善は急げだ。まずは落ち葉集めからだな。お前も手伝えよ、ゴウ」
「落ち葉?落ち葉で焼くのか?なぜ?」
「食ってみりゃあ分かる!」



――数十分後。
竜馬とゴウは焚き火を無言で見つめていた。ふた抱えあるほど集められた落ち葉は、今や勢いよく燃えてずいぶん嵩が減っている。竜馬が焚き火の面倒を見る係で、ゴウは芋を焚き火入れる係だ。自然とそういう分担になった。アルミホイルに包まれたさつまいもを抱えながら、ゴウは焚き火に芋を投入する時を待ちわびていたが、一向に「よし」の声が掛からない。ゴウは首を傾げて竜馬の横顔を見る。

「これはまだ入れないのか?」
「まだだ。焼き芋は熾火になってからが本番だからな。まあ待ってろって」
熾火という聞き慣れない単語に、今度は反対側に首を傾げた。それを見た竜馬が小さく笑う。
「熾火っつうのは、焚き火の炎が収まって温度が安定してる状態だ。そこに芋を入れると、遠赤外線効果やら何やらでうまい焼き芋ができる。低温でじっくり焼くのがコツだな。……うん、まあこんぐらいでいいだろ。ゴウ、お前の出番だぜ」

説明を聞いている間に、焚き火の煙と炎は穏やかに収まって、炭のようになった薪がぱちぱちと音を立てていた。これが熾火という状態らしい。竜馬に促されるまま、ゴウは薪の隙間にさつまいもを差し入れた。その上から竜馬が残った落ち葉を重ねる。慣れた手付きだ。

「ここから三、四十分くらい、火が通って柔らかくなるまで放置。あとは鼻歌でも歌ってりゃ完成だ」
「……手慣れているんだな」
「そりゃお前、焼き芋といやあ秋の御馳走だからな。ガキの頃は親父の目を盗んでしょっちゅう焼きまくったもんだぜ。近所のばあさんが『内緒だ』とか言いながら毎年どっさりくれてよ……おかげで焼き芋を焼くことにかけては結構な腕前になっちまったぜ。最初は失敗しまくったけどな」
「竜馬でも失敗することがあるのか」
「あるに決まってんだろ?それこそ熾火なんて知らなかったから、ごうごう燃え盛る火の中に芋入れちまって、真っ黒に炭化させちまったりした。失敗続きで試行錯誤の繰り返しだった。そのうち火加減とか時間もなんとなく感覚で掴めるようになってきたって感じだな」

竜馬は熾火を眺めながら、火ばさみで時折落ち葉を動かす。焼き芋を上手に焼く技術など、生きていく上では必要のないものかもしれない。だが今こうして役に立っているのだから、かつて積み重ねた試行錯誤と経験はきっと無駄ではないのだ。
静かに燻る火の奥に、在りし日の記憶を探す。
まだ無鉄砲さが美徳とされていた頃。何も怖いものなどなかったあの時。

「焼き芋なんてもう何年もやってなかったのに、やっぱ体が覚えてるもんなんだな。……昔は、武蔵と二人でよく焼き芋したんだ。研究所の敷地で落ち葉集めてさ……一回だけ、風が強い日にやったら、火の勢いが強すぎてボヤを起こしかけた時もあったっけなあ。あん時はジジイと隼人にクソほど怒られて、しばらく焼き芋禁止令が出たんだ。まあ俺らはそんなの無視して強行したけど。武蔵とこっそりやってても何故か隼人の奴は絶対気付きやがるんだ。昔っから目ざとい奴だぜ。……そういや、小言を言う隼人の口に、できたての焼き芋突っ込んだこともあったか。無言で悶絶しててかなり笑えた、傑作だったなあれは」

竜馬は、目を細めながら思い出を語る。懐かしさの滲む目だった。遠い記憶。あたたかくて優しくて、もう二度と戻ることはないもの。何もかも変わってしまった世界で、思い出だけは変わらずにそこにある。

そしてゴウは、そんな竜馬の横顔を静かに見つめていた。
竜馬が思い出話を屈託なく話すようになったのは、ついここ最近のことだ。知り合って間もない頃は、昔の話どころか自分自身のこともあまり教えてくれなかった。たまに話をするにしても、内容はゲッターのこと、戦いのこと、必要最低限の会話だけ。間に人が入ればそれ以外の話題も出たが、二人きりになると無言になる。そういう期間がしばらく続いた。
竜馬との距離が縮まっていくのに、何か特別なきっかけがあったわけではない。徐々に徐々に、少しずつ近付いていった。一緒にいる時間が長くなった。食事を共にする回数も増えた。会話も一方的ではなくなってきた。

ゴウには、竜馬のことをもっと知りたいという思いがあった。同時に、竜馬の中には安易に踏み入れてはいけない領域があることも感じ取っていた。竜馬は過去の話になると表情を変える。つい先程まで楽しげに話していたのに、急に口を噤んで視線を逸らす。そうやって会話が途切れるのは一度や二度ではなかった。触れられたくない場所、触れてはいけないものがあるのだろう――特に、自分のような存在には。だから竜馬と二人の時には、過去の話題を出さないようにしていた。

けれど、今は。
ゴウは瞬きをした。熾火の火を見、それからまた竜馬の横顔を見る。竜馬の昔語りは、いかに武蔵の食い意地が張っていたかという話題に移っていた。楽しげに「思い出」を語る目に、後悔や躊躇いの色はない。ただただ、あたたかい懐かしさだけが滲んでいる。
――心を許してくれるようになった、と。そう自惚れてもいいのだろうか。
分からない。……分からない、が、そうであればいいと思う。

「だから武蔵の奴、むきになって突っかかってきやがって…………おい、ゴウ?何笑ってんだ」
不意に竜馬がこちらを向いた。怪訝そうな顔をしている。
「今のは楽しく笑うくだりじゃねえだろ」
「竜馬が楽しそうなのが嬉しいだけだ」
「はあ?お前のツボは相変わらず分かんねえなあ……」
竜馬の手が伸びてきて、ゴウの頬をつまんだ。まるで餅のように伸びる。ゴウは口元を緩めながら、竜馬にされるがままに頬を伸ばされるのだった。



そんなやり取りをしている間に芋が焼けた。
熾火の中から取り出された焼き芋は、熱でほかほかと湯気を立てている。一口頬張れば、蕩けるような甘みと柔らかな食感が口の中に広がった。ゴウは何度も瞬きを繰り返した。

「驚いた。焼き方の違いでこんなに甘みが増すのか」
すると竜馬が自慢げに胸を張る。
「おう。これが焚き火でやる焼き芋の醍醐味ってやつだ。うまいだろ」
「……ああ。おいしい」

焼き芋は、おいしい。竜馬と二人で焚き火を囲んで、思い出話に耳を傾けながら焼いたから、おいしい。竜馬と一緒に食べる焼き芋だから、おいしい。ゴウは確かめるように深く頷いた。
「おいしい」の世界が広がっていく。それを教えてくれるのが竜馬でよかったと思った。





2022/11/05