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レインメーカー(竜號)

ざあざあざあざあ あめがふる
つめたいつめたい あめがふる
こえはとどかず ゆるしはえられず
かなしみだけの あめがふる
おまえは あめに あいされた
ざあざあざあざあ やまぬあめ


流竜馬は雨男である。
本人は認めるつもりが全くないのだが、周りがしつこくそう呼ぶので仕方なくその呼び名に甘んじている。
ただ、心当たりがないわけではない。誰かとの約束だとか、張り切って出掛ける計画を立てた日などに限って雨が降る。時には雷に見舞われることもあった。天気予報は晴れで、直前まで朗らかな日和だったにも関わらず、さあ出掛けるぞという段になって急に雲行きが怪しくなることもしばしばだ。ミチルや元気とピクニックに行く約束をしていたのに、急に激しい雷雨に襲われて計画倒れになった時には、元気が泣きながら竜馬をなじるのでほとほと困ったものだった。

雨男と呼ばれるのに明確な基準もなければ、科学的根拠だって存在しない。大事な時に限って雨に降られる、というエピソード記憶の積み重ねにすぎないのだろう。
それでも彼の周りの人々は、時に「また雨男の本領発揮ね」と揶揄し、時に「お前は雨男なんだから仕方ない」と励ましにならない言葉で慰めた。天に見放された運の無さを、雨男という名で柔らかく包み込もうとしたのかもしれない。

だが、最近はその「雨男」という不名誉な呼び名も、めっきり影を潜めている。突然雨に降られるということがほとんどなくなったからだ。
もちろん雨が一切降らなくなったというわけではない。自然現象としての雨は変わらずだ。しかし、約束がある日や出掛ける時といった「よりによってこんな時に」という場面での雨降りは、ここしばらく経験していない。絶望的なまでの雨男にとって、ここ最近の流れは奇跡的といっていいほどだった。

――もしかしたら、ようやく俺にツキが向いてきたのか。
悪い気はしない。これまで散々雨に降られてきたのだから、今度は逆にその分の幸運が降ってくる番なのではないか。雨男の汚名返上も近いかもしれない。

その日も竜馬はやたら上機嫌だった。空は快晴。天気が良いと気分も上がる。ゴウたちゲッターチームの訓練に付き合い、いつになく晴れ晴れとした気持ちで一日を終えた。

「今日は久々にいい汗かいたぜ。じゃあなゴウ」
「ああ。また明日」

軽く手を振って踵を返す。背中にゴウの視線を感じながら、竜馬は家の方へ向けて歩き出した。
竜馬が一人で住む家は、訓練場から徒歩で約三十分ほど。遠すぎるというわけではないが近くもない微妙な距離だ。どうせなら宿舎に住めばいいだろうと弁慶に提案されたこともあったが、それは丁重に断った。一人の方が気楽だったし、誰かと一緒にいる時に感じる焦燥感は、ずっと一人でいる時に感じる孤独感も耐え難いものだったからだ。
焦燥感。そう、焦っている。失うことを恐れている。何もかも全部奪われて、もう失うものなどないと思っていた自分がだ。

――ああ、くそ、せっかく良い気分でいたってのに。

胸の奥から、じわりと黒いものが滲んでいくのを感じた。
同時に、竜馬の頬にぽつりと冷たい粒が落ちてきた。空を見上げると、分厚く黒い雲が頭上に迫っているのが分かった。つい先程までは雲の気配などなかったというのに。ぽつり、ぽつり。雨粒の降ってくる間隔は次第に狭まり、粒の大きさも大きくなっていく。それが土砂降りの雨になるまでに時間はかからなかった。夕立だ。

「げっ……」
呻き声を上げたところで雨脚が弱まるわけもなく、竜馬はあっという間に全身濡れ鼠になってしまった。コートで頭を隠してみても、土砂降りの雨の前ではあまり意味はなかった。このままだと雷が落ちるかもしれない。竜馬は小走りで道を急ぐと、近くの木の下に避難した。

ざあざあざあざあ。雨はひっきりなしに葉を打ち付ける。まるで自分の心境を見計らって降ってきたかのような雨だ。竜馬は重い溜息を吐いた。
「そう簡単に雨男は返上できないってことかよ……」
雨は嫌いだった。思い出したくもない記憶を嫌でも引きずり出されてしまうから。怒り、憎しみ、そして悲しみ。想起されるのはどれもろくでもない感情ばかりだ。


ざあざあざあざあ あめがふる
つめたいつめたい あめがふる


あの日も今日のような雨だった。激しい雨と風。暗い闇の中で、雷に照らされた時だけ周りが明るく照らされる。
物言わぬ博士の死体。鋭く閃くナイフ。頬に付けられた切り傷と、生温い血。雨の中を走り去る隼人。握り締めた銃の冷たさ。怯えの混じった目がこちらを見つめる。違う。俺じゃない。俺じゃないんだ。信じてくれ、なあ、違うんだ、俺じゃない――

「竜馬!」

その呼び声に、はっと顔を上げる。
分厚い雲はいつの間にかどこかへ行ってしまっていた。雨上がりの空の下、ゴウがこちらへと駆け寄ってくる。靴が水たまりで濡れるのも構わずに。急いで来たのか、珍しく息が上がっている。

「よかった、間に合って……いや、間に合ってはいないか。遅くなってしまってすまない」

びしょ濡れの竜馬をじっくりと観察して、ゴウは几帳面に発言を訂正する。竜馬は「どうしてここに来た」と言いかけてやめた。ゴウの両手には二つの傘。竜馬が雨に濡れないようにと、わざわざここまで走ってきたのだろう。
雨上がりの空気は視界をより鮮明にした。水たまりに反射した夕日が目に刺さる。光を背にしたゴウはきらきらして見えて、竜馬は眩しさに目を細めた。

ゴウの頭や肩は少しも濡れていなかった。手にした傘を使った様子もない。あれほど竜馬を濡らした雨は、ゴウの頭上には一粒として降らなかったのだ。まるで何かに守られているかのように。――いや、違う。

「守られてたのは、俺の方か」
竜馬の呟きを聞いて、ゴウが不思議そうに首を傾げる。「こっちの話だ」と竜馬は笑った。

流竜馬は雨男である。その性質はきっとこの先も変わることはないし、彼の人生にいつまでも付いてくるのだろう。最近になって雨が降らないと感じていたのは、彼が雨男を脱したからではない。竜馬の雨を引き寄せる力よりも、ゴウの雲間を晴らす力の方が強かったというだけのこと。世界の祝福と呪いを一身に受けた存在の前では、竜馬の雨男体質など可愛いものだ。
ゴウは竜馬のそばにいることで、雨を降らす雲を遠ざけてくれていた。ゴウには「晴れ男」の自覚などないだろうが、きっとそうなのだ。
二本の傘は最初から必要なかった。それでも、雨に濡れないようにと傘を持ってきてくれたこと、ゴウがここにいてくれることが、心の雨に晴れ間をもたらす。

「竜馬。家までもうすぐだろう。送っていく」
真面目な顔でゴウが言うので、竜馬は不意を突かれた。
「だ……大丈夫だって。子供じゃねえんだから」
「でも、また雨に降られてはいけない」
「雨なんてさっき止んだばっかだろ。この短い距離でまた降ってくるわけねえって」
「それは分からない。竜馬は奇跡的な雨男だと隼人が言っていた」
「あいつ……」

濡れ鼠の男と、傘を手にした少年が、雨上がりの道を連れ立って歩く。雨はもう降らない。雲間から差す光が、二人の背中を赤く染めている。





2022/10/30