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かわいこぶってる君がかわいい(拓カム)

「神司令、テスト飛行終了しました」
「今までよりも良い結果が出ている。悪くなかったぞ」
「ありがとうございます。新しいパーツの動作も確認済みです。テストで取れたデータを基に調整を加えれば問題はないかと」
「今回の結果は、新しいパーツのお陰だけでもないだろう。やはり張り合えるライバルがいると違うか」
「……それは関係ありません。俺は自分の持てる力を全て出しただけです。誰がいようと変わらない」
「ふ、そうだな。お前がそう思うならそれでいい。次も期待している」
「――はい!」

カムイが誇らしげな顔をして隼人を見上げる。その目には、見たことがないような輝きがあった。
司令官とパイロットのやり取りを、遠巻きに眺める人間が一人。拓馬は物言いたげな顔で唇をへの字に曲げていた。眉間に皺が寄っている。
「なあ~んか気に食わねえんだよなあ……」
「じろじろ見てっとまた突っかかられるぞ」
拓馬の横で獏が呆れた声を上げた。面倒事に巻き込まれるのはごめんだと顔に書いてある。

「なら聞くけどな、獏、お前は気になんねえのかよ?カムイのあの態度。俺たちには愛想なしのスカしたツラしやがるくせに、神さんの前ではまるで別人みてえに良い子ちゃんだ。まるっきりキャラが違うぜ」
すっと伸びた背筋。大きく開かれた目。少し高めの声色。隼人の前にいる時のカムイは、普段拓馬に向けるような、険のある目つきや声とはまるで異なる振る舞いをしていた。
「そりゃ当たり前だろ、上司……いや上官?なんだし。目上の人に対する態度なんてあんなもんだろ」
「だからさ、そういうのとはちょっと違うんだよ……なんつうか……神さん相手だと『きゅるん』としてるだろ、あいつ」
「はあ?」

きゅるん。きゅるんとは、何だ。
よりにもよって拓馬の口からそんなボキャブラリーが飛び出してくるとは思っていなかったので、獏は思わず目を剥いた。もう十年近い付き合いになるが、「きゅるん」は初めて聞いた。そんな言葉どこで覚えてきたんだお前。そしてそれは到底カムイに対して使うべき表現ではないだろう。果たして、笑っていいのか呆れるべきなのか。

「拓馬、今のセリフ間違っても本人に言うなよ――って、おい!?」
念のため釘を刺しておこうと視線を横にやった時には、既に獏の隣に拓馬の姿はなかった。慌てて前を向けば、拓馬はカムイの方に向かってずんずんと歩みを進めている最中だった。いつの間にあんなところまで。獏は拓馬を止めようと歩き出したが、「ちょうどいいところに」と整備士に呼び止められてしまった。先程のテスト飛行についての所感を求められ、獏はしどろもどろになる。視線の先には、カムイに近寄る拓馬の背中。

「ようカムイ」
拓馬が声をかけると、カムイの纏う雰囲気は急に硬質なものになった。去っていく隼人を見送る目はあんなにもきらきらしていたのに、拓馬へと目を向けた瞬間にその輝きは消え失せ、代わりに剣呑な眼差しへと変わる。本当に分かりやすい奴だぜと拓馬は内心で毒づいた。
「お前ほんとに神さんのこと好きだよな」
「…………」
カムイは無言で拓馬の横を通り過ぎようとした。馬鹿の相手をしてやる暇は無いとでも言うかのような態度だ。拓馬はすかさずカムイの肩を掴んだ。

「そういうとこだぜ、お前。感じ悪ぃっつうの。神さんにはあんだけ愛想振り撒いといて」
「愛想ではなく敬意と言え」
「俺には敬意ってだけには見えねえけどな。どう考えたってお前、かわいこぶってるだろ」
「『かわいこぶってる』……?」

カムイは拓馬の発言を同じように繰り返した。片言である。未知の語彙に出会ったというような顔をしている。少なくともカムイの辞書に「かわいこぶる」という項目は存在しないのだろう。
「かわいこぶる」という言葉の処理に時間が掛かっているのか、カムイは無表情のまま棒立ちになった。数秒の思考停止。しかし次の瞬間、決断的に拳を握る。

「……貴様の言う言葉の意味は一切理解できんが、俺を侮辱しているということだけは分かった」

やばい。怒らせた。
拓馬は咄嗟に臨戦態勢を取る。思ったことをすぐ口に出すせいでトラブルを起こした経験は数知れないが、今回はどうしようもない失言である。完全に拓馬が悪い。
正面に相対するカムイは、怒りのオーラを立ち上らせて拓馬に近付いていく。表情が無いのが余計に恐ろしさを増している。少し離れた場所で獏が「あちゃー」と、坊主頭に手を当てる古典的な仕草をした。




「さっきのは百パーセントお前のやらかしだからな。俺は何もフォローできねえぞ」
救急箱を拓馬の目の前に置くと、獏はその隣にどっかりと腰を下ろした。いつもなら溜息を吐きつつも、消毒液やら絆創膏やらを持ち出して手当てをしてくれるところなのだが、今回ばかりはそれもない。自分でやれという無言の圧だ。救急箱を持ってきてくれただけでもありがたいと思うべきか。
仏の獏にも突き放されて、拓馬は無言で救急箱を開けた。真っ赤に腫れ上がった左頬に湿布を貼る。ひんやりとした湿布の冷たさと、触れた瞬間の頬の痛みに「痛え」と呻き声を上げてしまった。

「あんなこと言えばカムイの奴は絶対怒るって分かってただろ。なのになんで言ったんだ」
「……気に食わなかったんだよ」
「それは前も聞いた。『きゅるん』としてるってやつな。別にお前がカムイの態度をどう思おうが勝手だけどよ、それをわざわざ本人に言うこたあないだろ」
「…………」
拓馬は憮然とした表情で押し黙る。言う必要のないことを言ってしまったという自覚はあるのだろう。だがあの時は、黙っていられなかった。それはなぜか。

珍しくだんまりを決め込んだ拓馬を見て、獏は呆れ顔で溜息をついた。
「……カムイの態度の変わりっぷりには最初驚いたけど、俺は逆に親しみみたいなもんが湧いたぜ? ほら、あいつって普段あんま喜怒哀楽を表に出さないだろ? でも神司令の前ではあんなふうにしててさ……尊敬する人の前では背伸びして、いいところ見せたい気持ちっつうのかな……そういうとこあいつにもあるんだな~って」
「……いいところだけ見せたって意味ねえだろ。駄目なところも失敗したところも全部見られた上で、『お前が必要だ』って認められてこそじゃねえのか」
「まあお前はそっちのタイプだろうな……」

二人は根本的な価値観からして違うのだ。全てを曝け出して認められたい拓馬と、見せるべき部分と見せない部分を使い分けるカムイ。どちらが良くてどちらが悪いというわけではない。在り方が異なる価値観を受け止められるかどうかという話だ。たとえ理解することができないとしても。

「でもよ、俺はカムイのああいうとこ、結構かわいく思えたんだよなあ。お高く留まってるだけの奴じゃないって分かってさ。……お前はどうなんだよ、拓馬」
話を振られて、拓馬は急に口ごもる。
「いや……そりゃあまあ……ちょっとは思ったけど……」
「かわいいと思ってなきゃ『かわいこぶってる』なんて言葉は出てこないもんな」
「おい!」
獏にからかわれて、拓馬は腕を振り上げた。図星だったからだ。

隼人の前で背筋を伸ばすところも、目を輝かせながら見上げるところも、話す声が少し上ずるところも。尊敬する人に褒めてほしくて努力するその姿は、素直にかわいいと思う。まるで子犬の尻尾が見えるかのようだ。普段の剣呑な態度を見慣れているからこそ新鮮に感じる。健気でいじらしくて、かわいい。
――だからこそ、その眼差しが決して自分に向けられることはないという事実に、苛立ちを感じてしまうのだ。

獏は、おや、と首を傾げた。拓馬の纏う空気が変わったのに気付いたのだった。もしや、いやまさか。
「……お前、もしかして嫉妬してる?」
「…………」
「え、マジ?」
「…………」
肯定も否定もせずに黙り込んだ拓馬を見て、今度は獏が驚く番だった。冗談のつもりで嫉妬という言葉を持ち出したつもりが、予想外に更なる図星を突いてしまうことになるとは。
拓馬の言う「気に食わない」という感情は、カムイがかわいこぶる行為それ自体ではなく、もっとその先へと向けられていた。つまりは、あの人に。

「……いやあ……嫉妬すんのはお好きにどうぞって感じだが……相手が悪すぎるだろ」
「うるせ」

拓馬は不機嫌さを隠さない。司令という立場、十年という歳月、その間にあの二人が積み上げてきたもの、どれを取っても拓馬が敵う要素はこれっぽっちもないが、気に食わないものは気に食わない。自分だけにしかない点を挙げるとするなら、あいつは間違ってもあの人をぶん殴りはしないだろうなということだけ。腫れ上がった頬は、拓馬に許された唯一の優位性なのだった。




2022/10/10