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穴が空くまで見つめてね(拓カム)

猫みたいな奴だと思う。ハチュウ人類と人間のハーフに対して「猫みたい」という形容が合っているのかどうかは別として。こいつはいつぞや見かけた野良猫によく似た挙動をする。俺が触ろうとすると爪を立てそうな勢いで拒絶してくるくせに、自分から近付いてくる時は驚くほどべったりだ。
そして今は、その「べったり」に限りなく近い気分であるらしい。――つまり、俺に甘えてきている。



敵襲に次ぐ敵襲。ゆっくり休む暇なんてどこにもない。敵を倒して帰投したはいいものの、「機体の修理が終わるまでとりあえず待機で」と言われて早一時間が経とうとしている。とりあえずっていう言葉の範囲は何時間まで有効なんだ?どうせならベッドの上で寝かせてほしいもんだが、そんな文句を言っていられる状況でもない。格納庫の床に座り込んだまま俺たちは「待機」を続行している。俺は何度目かも分からない欠伸をした。
俺の左隣では獏がいびきを立てて寝ている。目の前ではエンジニアたちが忙しなく行ったり来たりしている。時折響く怒号にも獏はぴくりとも反応せず、夢の世界に浸っていた。こんな状況で寝れちまうのは、喧騒を気にする以上に疲労が溜まってるんだろう。

そしてこれまた眠気の限界を迎えようとしている奴が、俺の右隣にもう一人。カムイはさっきから何度も瞬きを繰り返している。そして瞬きの速度は徐々に遅くなっていく。重くなる目蓋を支えようと必死に抗っているのは分かるが、その無意味な抵抗が力尽きるのも時間の問題だろう。なかなか珍しい光景だった。こいつは人前で無防備な姿を晒したがらない奴だから尚更だ。

起こさないようにと横目で観察している間にも、カムイの首がかっくんかっくんと傾き始めていた。危なっかしい。この勢いで壁とか床にぶつかったら結構痛いだろ。どうせならこっちにしとけよ。ちょうど空いてるぜ。内心そんなことを考えながら、ほんの少しカムイの方に肩を近付ける。たぶん十五センチくらい。偶然だけでは触れ合うことのない、意図しなければ接しないはずの距離。どうせ振り払われるだろうという諦めと、もしかしたらという期待が入り混じった距離だった。

カムイの目蓋がいよいよ重力に逆らえなくなってきた。首ごと体が揺れる。どこかにぶつけそうになったら引っ張ってやるつもりだったが、そうするまでもなく、カムイは案外あっけなく俺の肩に頭を預けてきた。右半身にカムイの全体重が掛かる。重い。本気で寝ようとしてるやつだこれは。

こうもすんなりと――言い換えれば「素直」に――カムイが体を預けてくるとは思っていなかったので、俺はちょっと面食らってしまった。横目でカムイの顔を伺う。カムイはまだ完全には寝入っていなかった。ぼんやりした顔でゆっくりと瞬きをしている。寝ぼけてはいるがまだ意識は残っていて、つまり俺の肩に頭を乗っけたのは不可抗力でもなんでもなくこいつ自身の意志なわけだ。都合の良い言い方をすれば、こいつは俺を選んだ。

そういうことでいいのか……?いいんだな……?いいってことにしとくぞ……?
何事も前向きな方向に受け取るに越したことはない。正直なところかなり嬉しい。普段は触りたくても触らせてくれない奴だから。貴重な機会をみすみす逃すわけにはいかなかった。
俺は慎重に体をもぞもぞ動かし、右腕でカムイの肩を抱き寄せた。距離が更に近付く。さっきから心臓の音がうるせえ。この音でカムイが起きちまうんじゃないかと思うくらいだ。

するとカムイがぱちんと目を開けた。はっきりとした覚醒だった。赤い目が上目遣いで俺を見る。――あ、やべえ。駄目だったか?
俺はさっきの自分の行動を一瞬後悔した。抱き寄せるのはまずかったかもしれない。自分から近寄るのはよくても、他人から距離を詰められるのは駄目なら、今のは完全にアウトだ。俺はカムイの拳ないしは平手が飛んでくるのを覚悟した。……が、待てど暮せどそのどちらも飛んでこない。
恐る恐るもう一度カムイに視線を向ける。カムイはずっと俺を見上げ続けたままだった。何も言わないし、何もしてこない。俺自身どうすればいいか分からなかったので固まっていた。心臓の音だけが相変わらずうるさい。

数秒の沈黙を経て、カムイはふっと微かに笑った。そしてまた俺に体を預けて目を閉じる。しばらくして寝息が聞こえ始めた。演技でもなんでもない本物の寝息だった。……こいつ、マジで寝やがった!
いや寝るのは別にいい。寝させてやるつもりで抱き寄せたわけだし。それよりなんでさっき笑ったんだ?笑うようなシチュエーションだったか?どういう感情だよ、それ。俺のこと馬鹿にしてる笑いって感じでもなかった。寝ぼけて違う誰かと勘違いしてるわけでもない。カムイは間違いなく俺を俺だと認識した上で、目を細めて笑って、そして寝た。意味が分かんねえ。一つだけ確かなことは、こいつが今俺の肩に頭を乗せて、すやすや寝息を立ててるという事実だけだ。つうかお前――お前、そんな顔俺以外に向けんなよ!?

俺の口から欠伸の代わりに深い溜息が漏れた。体は極度の疲労から睡眠の必要性を訴えかけてはいるが、この状況で寝てられるかってんだ。俺はカムイの体をもっと自分の方へ引き寄せた。
きょろきょろと周りを見回してみても、目の前を忙しなく行き交う人々は誰ひとり俺たちを気にも留めない。それでも、俺はできるだけその寝顔を人目から隠したかった。誰にも見せてやりたくない。だってこれは俺だけに向けられたものだろう。
ひっそりと芽生えた独占欲を欠伸の裏に隠して、俺は格納庫の天井を見上げた。両隣から響く寝息を飽きもせずに聞いている。






2022/07/23

リクエストで「拓馬に甘えるカムイ」でした