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鼓膜からはじまる恋もある(竜號)

ブラックゲッターを改修したい、と持ち掛けたら、隼人は露骨に迷惑そうな顔をした。
「インベーダーは滅びた。今更あんな物騒な戦力は必要ない」
「ゲッターに乗ってねえと収まりが悪いんだよ」
「それはお前の気分の問題だろう。そんなところに回す予算も人手も足りていない。諦めろ」
「もしもの時に戦えなかったらどうする」
「その『もしも』が起こらないようにするのが我々の仕事だ」
「お前の仕事が信用できねえから言ってんだろ」

竜馬の言葉に、隼人は眉を顰めて黙り込んだ。珍しく返す言葉が無い様子だった。仮に言い返したとしても、竜馬は諦めずに居直るだろう。このままでは水掛け論だ。隼人は溜息をついた。
「……わかった。資材と設備は貸す。だがエンジニアは回せん、自力でどうにかしろ」
「ケチくせえな」
「人手が足りんと言ったはずだ。それにブラックゲッターはお前が改造したんだろう?あんな極端な機体を預けられるエンジニアの身にもなれ。活かすも殺すもお前が全部責任を負うべきだ」
「……」

そんなやり取りを経て今に至る。
誰もいない格納庫の隅で、竜馬はひとり黙々と作業を進めていた。隼人の言う通り、資材と設備はきちんと用意されている。足りないパーツを他所から引っ張り出す必要もないし、機械が途中で止まることもない。月基地でブラックゲッターの改造に勤しんでいたあの時より随分と余裕がある。設備の面でも気持ちの面でも。
外側の改修は大体終わった。元のゲッターのように赤く塗装する選択肢もあったが、竜馬は偶然によって生み出されたこの色を案外気に入っていた。無駄なものを全部削ぎ落としたような深い黒は、単なる黒色の塗料では再現できない鈍い輝きを放っている。

問題は中身だ。ゲッター炉心はそのままだが、周辺の計器は竜馬専用に弄ってある。先の戦いで駄目になった部分の交換と、諸々のチューンアップも必要だろう。性能がピーキーすぎる分、調整にも繊細さが求められる。確かにこれを並のエンジニアに任せるのは酷かもな、と竜馬は苦笑いを浮かべた。
コクピットを開け放ち、工具箱を抱えて内部に潜り込む。起動スイッチを押すと、鈍い音と共に機器が応えた。
「さて、こっからが本番だな」
自然と口角が上がる。機械いじりは案外、嫌いじゃない。



竜馬は時間を忘れて作業に没頭していた。やはりこのあたりの調整は他の人間に任せなくてよかった。自分好みに計器類を改造していく過程は、子供が砂の城を作り上げる感覚によく似ている。自分だけの機体、自分だけの城。敵を殲滅するためではなく、自分が乗りたいから作る。久しく忘れていた「楽しい」という感情の手触りを思い出すうちに、竜馬の唇からは自然と歌のメロディーが零れ落ちていた。

どこで聴いたメロディーだったろう。たぶんこれは、月で戦っていた頃、仲間がよく口ずさんでいた歌だ。イタリア人のそいつは常に歌が生活の傍らにあった。酒を飲んで笑う時も、友を失って悲しみに暮れる時も、戦闘のさなかですらそいつは歌っていた。歌詞の意味なんて竜馬にはこれっぽっちも分からなかったが、恋人に向けた愛の歌がほとんどだということは何となく察せられたし、原曲を知らなくてもそいつの歌は音程がめちゃくちゃだということも分かった。歌うのが好きなくせに下手くそで、調子外れもいいところだった。なのにいつも心底楽しそうに歌うから、不思議と心地が良いのだ。竜馬はいつの間にかそのメロディーを覚えてしまった。こうして無意識に鼻歌を歌ってしまうくらいに。

作業も勢いが乗ってきた。竜馬は気を良くして二曲目を歌い出した。歌詞もメロディーもうろ覚えだが、別に誰かに聞かせるわけでもない。ふん、ふふふん、と、歌いながら機械をいじる。――そこでふと、手元が狂った。
「あ、」
調子に乗って鼻歌なんて歌っていたからか。竜馬の手からネジが一本吹き飛んでいった。開け放ったコクピットから身を乗り出し、落ちていくそれを掴もうとする。しかし、竜馬の指がそのネジに触れるより先に、別の細長い指がそれを摘んでいた。

「はい。落とし物だ」
「……お、お前……」

竜馬は目を丸くしてゴウを見た。さも当たり前のようにそこにいるが、竜馬は今の今までゴウの存在に気付かなかった。
「い、いつから……そこに……」
「竜馬が歌い始めたあたりから」
結構前からじゃねえか!
竜馬は叫び出したくなるのをぐっと堪えた。調子に乗って歌っていた鼻歌もほとんど聞かれていたらしい。格納庫には誰もいないと思っていた竜馬は、思わぬギャラリーの出現に自分の顔が熱くなるのを感じた。対するゴウは、盗み聞きをしていたという自覚もないのだろう、しれっとした顔で竜馬に紙を差し出した。

「隼人から書類を預かってきた。急ぎではないが、目を通しておいてほしいそうだ」
赤面しているのを気取られないように、わざと大げさな素振りで紙を受け取る。書面には、今回のブラックゲッター改修に関わる手続きについて長々と文章が垂れ流されていた。
「あいつ、こんなどうでもいいことでお前を使い走りにさせたのか?許せねえ……」
「いや、届けに行きたいと申し出たのは俺だ。ちょうど竜馬に会いたいと思っていたから」
「……俺に?」
「ああ。そうしたら、竜馬の歌まで聴くことができた。役得だな」
「おま…………」

こいつはどこまで言葉の意味を理解して言っているんだ?竜馬は更に顔の熱が上がるのを感じた。ゴウは相変わらず涼しい顔をしている。
「作業の邪魔をしてしまってすまない。気にせず続けてくれ」
そう言ってゴウはその場にしゃがんで体育座りをした。コクピットのすぐそば、ブラックゲッターの肩のあたり。竜馬が作業している場所からはちょうど死角になっていて、身を乗り出さなければ見えない。さっきもそこで竜馬の鼻歌を聴いていたのだろう。

気にせず続けろとは言われたが、気にならないわけがない。竜馬は受け取ったネジを握り締めたまま立ち尽くした。書類を届けに来たところまでは分かる、作業していた竜馬に声を掛けず待っていたのもまあ分かる、邪魔をしちゃ悪いと気を利かせたんだろう、だが問題はその後だ、用事を済ませたのになぜかゴウはまだそこにいる。行儀よく体育座りをして。
竜馬が動けないままでいると、ゴウは不思議そうに竜馬を見上げた。

「どうした、竜馬。歌わないのか」
「いや……歌うわけねえだろ!?お前に聞かれてるなんて思ってなかったし、そもそも人に聞かせるもんでもねえんだよああいうのは!」
「もったいない。俺は竜馬の歌っている声も好きだ」

――『も』ってなんだ、『も』って。本当にどこまで本気なんだ、こいつ。混乱のあまり頭痛がしてきた。
ゴウはまた元の場所に収まった。ほんの少しの音も立てないよう、気配を消して小さく座っている。作業の邪魔をする気はない代わりに、ここから立ち去る気もないらしい。いっそのこと全部無視して作業の続きをしてやろうかとも思ったが、一度その存在を意識してしまうと集中できるものもできなくなってしまった。
竜馬は再びコクピットから身を乗り出して、ゴウのつむじに向かって声をかけた。

「ゴウ!飯いくぞ、飯!」
「めし?作業は終わったのか」
「終わってねえけどいいんだよ、ゲッターは逃げねえが飯は冷める。一大事だろ」
「ああ、それは確かに困るな」

ゴウは小さく笑って、ひらりとブラックゲッターの肩から下りた。音もなく着地すると、「行こう」という目で竜馬を見上げてくる。この少年が何を考えているのか、どこまで本気なのかも分からないが、少なからず慕われてはいるのだろう。そしてそれをこそばゆく思っている自分に気付いて、竜馬は大きく溜息をついた。
何もかも全部後回しだ。明日できることは無理に今日やらなくていい。工具類をすべてコクピットの中に置き去りにして、竜馬は自分を待つ少年のもとへ向かっていった。





2022/04/24