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わるいおとこ(竜號)

※現パロ モブ女子視点から見た竜號



謎の転校生がうちのクラスにやって来た。名前は早乙女ゴウくん。早乙女っていうと三組の早乙女ケイちゃんがいるけど、兄妹?いや姉弟?性格は全然違うけど、ちょっと雰囲気は似てるかも。家族なのか親戚なのか、ちゃんと訊いたことはないから本当のところは分からない。そもそも、どうして六月なんていう中途半端な時期に転校してきたのか、転校してくる前はどこの学校にいたのかも、知らない。もしかしたら訊けば教えてくれるのかもしれないけど、なんだか訊いてはいけないような気がして、私は宙ぶらりんの疑問を抱えたまま、前の席に座る早乙女くんの後頭部を見ている。

早乙女くんは不思議な男の子だった。すらりとした体にきれいな顔がついている。切れ長の目に長い睫毛。彼が転校生として教室に入ってきた瞬間、クラスのみんながちょっとざわついたのを覚えている。女子だけじゃなくて男子まで「おお……」みたいな反応をしていた。まあ、かくいう私もその一人だ。顔の造形の美しさだけじゃなくて、纏う雰囲気が普通とは違っていた。普通と違う、というのは、なんだか目が離せないという意味だった。

運良く早乙女くんは私の前の席になった。彼の席が決まった時、私はちょっとはしゃいだ。授業中、私はいつも早乙女くんの形の良い後頭部を眺める。時折、窓の向こう側の空に目をやる横顔を追いかける。ああほんと睫毛長い。爪楊枝何本乗るんだろうな。こんだけ睫毛長いと、ビューラーする時目蓋を挟んじゃうことなんてないんだろうな。いや早乙女くんはビューラーなんて使ったことないだろうけど。そんなくだらないことを考えている間に授業があっという間に終わる。成績が落ちるかもしれない可能性すら笑って蹴飛ばせるほど幸福な時間だった。

要するに一目惚れだった。そのきれいな顔が好きだし、配られたプリントを後ろの席の私に渡してくれる時の指先が好きだ。ちゃんと後ろを向いて私に手渡してくれる丁寧さも。
でも早乙女くんを好きになってしまった人間はたぶん私だけじゃない。なんとなく分かる。「好き」という気持ちの内訳は人によって差があれど、きっとクラスみんなが彼のことを好きだと思う。だって彼は本当に優しい。無口で、自分のことはあまり喋らないけど、黙って手助けをしてくれる。掃除で机を運ぶ時とか、シャーペン落としちゃった時とか、黒板を消す時とか。誰に対しても同じように親切で、実直で、優しい。おまけに結構ノリもいい。大真面目な顔でボケてくれたりする。ボケてる自覚はないのかもしれないけどそれが余計に面白い。この前なんてクラスのギャルグループの輪の中心にいた。いやなんで?

「なあ早乙女~!この前の話考えてくれたか?ほんとうちのサッカー部に入ってくれよ~!」
「すまないが部活をやる予定はないんだ」
「お前なら即スタメン入りだぜ?もったいねえ……」
「気持ちだけもらっておく」

休み時間、隣のクラスの男子がわざわざ早乙女くんを勧誘してきた。そしてあっさり断られてすごすご帰っていく。早乙女くんが転校してきてから何度も見てきたやり取りだ。なにせ早乙女くんは運動神経抜群だった。垂直跳びであの計測板より高く跳んじゃう人なんて初めて見た。体育でその身体能力の高さが顕になって以降、部活の勧誘が後を絶たない。でも早乙女くんはどの部活にも入る気はないらしい。家の都合で早く帰らなきゃいけないって話だけど……家の都合って何なんだろう。やっぱりそれも聞けずじまいだ。

私はどうしても早乙女くんと一緒に帰りたかった。早乙女くんは電車通学だ。でも帰宅部の彼とは、普通の時じゃどうしたって一緒に帰れない。運良く部活が休みの時はすかさず早乙女くんを誘った。――なのに、そういう時に限って、早乙女くんは毎回同じセリフで私の誘いを断る。
「すまない。今日は竜馬が迎えに来る日なんだ」って。
いや竜馬って誰??早乙女くんの口から知らん男の名前がいきなり出てきて、私は思わずのけぞった。

気になって気になって仕方ない。私が早乙女くんと一緒に帰るのを阻止してくるその竜馬とかいう人が。放課後、私はこっそり早乙女くんの後をつけることにした。が、尾行するまでもなく「そいつ」はそこにいた。正門のところで出待ちする、コート姿のでかい男。すごい威圧感を放っているせいで、めちゃくちゃ怪しいのに警備員のおじさんも声をかけられないっぽい。仕事してよ。
とにかく私はひと目でその不審者が早乙女くんの言う「竜馬」だということが分かった。だってもう待ってるもん、その目が。早乙女くんを。同類の気配を感じる。

「竜馬!」

案の定、早乙女くんはその人の元に向かっていった。しかも小走りで。……小走り!?あの早乙女くんが!?小走り!?思わず二度見した。早乙女くんは心なしか嬉しそうで、私は謎のダメージを受ける。竜馬って……竜馬って誰だよ……。
その「竜馬」を初めて目撃した翌日、私は思い切って早乙女くんに直接尋ねることにした。

「早乙女くん、いっこ訊いてもいい?あのさ……昨日、男の人と一緒に帰ってたでしょ。あの人って……」
「ああ、竜馬のことか?」
「うん、そう、その竜馬さんってどういう人なの?」

すると早乙女くんは目を瞬かせて、「竜馬は竜馬だ」と答えた。いや答えになってなくない?聞きたいことはそういうことじゃないんだけど。質問の仕方を変えてみても、早乙女くんは同じような答えを繰り返した。隠そうという意図があるわけでもなく、ほんとに「竜馬は竜馬だ」としか思ってないような口ぶり。たぶんこれ以上は何も収穫は望めない。

私が早乙女くんと一緒に帰ろうとする時に限って、「竜馬」が早乙女くんを迎えに来る日と被ってしまう。そんな偶然ある?ここまでくると嫌がらせとしか思えない。なんなの?エスパー?
冗談はともかく、竜馬という人はちょくちょく早乙女くんを学校まで車で迎えに来てるらしい。だいたい週に一度、曜日は決まっていない。帰宅部の友達から聞いた話だから間違いはない。あんな怖い顔の人忘れられるわけないよ~って言ってた。下校する子たちは、正門で出待ちしてる大男に恐れをなして、遠巻きに移動したり、正門以外の門を通って帰ったりしてるらしい。だいぶ迷惑してるじゃん!そのうち近所の人から通報されそう。でもそんな不審者に早乙女くんは懐いてるっぽいんだよね……ほんと意味わかんない……。

釈然としない思いを抱えたまま、学校はテスト期間に入った。つまり部活がない。部活がないということは、早乙女くんと一緒に帰れるチャンスだ。私はどきどきさせながら早乙女くんに声をかける。

「ね、ねえ、早乙女くんっ!テストで部活もないし、一緒に帰れたりしない……?」
「……たびたびすまない。テスト期間中は毎日竜馬が迎えに来てくれることになっているんだ」

また「竜馬」かよ!
私は拳で机を叩きそうになるのをすんでのところで堪えた。毎回毎回どうしてこうも私の邪魔をしてくるのか。テスト期間中は毎日迎えって何?過保護?過保護なの?いや早く帰ってるんだから暗くなって危ないとかいう言い訳は通用しないからね。てことは牽制?私みたいに早乙女くんと一緒に帰ろうとする人間に対してってこと?さすがにそれは考えすぎかな。でもありえない話じゃない。私は「竜馬」が早乙女くんに向けていた視線を思い出した。私と同類の目。つまりそれは、あの人も早乙女くんを――

そこまで考えて、私は頭をぶんぶんと左右に振った。一人で考えてても埒が明かない。こうなったら本人に直接聞くしかない。そしてちゃんとこの目で見極める必要がある。「竜馬」が私の恋敵であるのかどうかということを。

放課後。
その日はちょうど早乙女くんが日直で、日誌を書くために教室に残っていた。私は窓から正門の方に視線を向ける。やっぱり「竜馬」はそこにいた。大きくて目立つから、目を凝らすまでもなかった。早乙女くんの姿を尻目に、私はカバンを持って教室を飛び出した。廊下を走り、階段を駆け下り、外に出る。正門に立つその姿を見留めると、スピードを緩めて息を整えた。

「あの」
声をかけても、その人は最初反応をしなかった。自分に声をかける人なんて早乙女くん以外にいないと思ってるんだろう。
「早乙女くんきょう日直なので、もうちょっと時間かかると思いますよ」

早乙女くんの名前を出したら即座に顔を上げた。うーん分かりやすい。早乙女くんのことしか興味ないって雰囲気をありありと醸し出してる。一瞬、敵でも見るかのような怖い目をしたものの、私が制服を着てるのを見たらふっと警戒心が緩んだように思えた。

「君は……ゴウの友達か?」
「はい。同じクラスです」
ゴウて。下の名前呼び捨てなんだ、そっか……。ますます関係性が分からなくなる。
「いつも世話になってるな。あいつ、ちょっと世間知らずなとこあるだろ。迷惑かけたりしてないか?」
「迷惑だなんてそんな!むしろいつも助けてもらってます。早乙女くん、すごく親切で優しいから……みんな早乙女くんのこと好きですよ」
「……そうか。それならよかった」

見た目のいかつさに反して、その人は想像以上に柔らかい視線を私に向けた。安心したように目を細める。さっきまで、早乙女くん以外は視界に入れませんみたいな雰囲気出してたのに。そして結構話しやすい。
「あいつ、学校でのことは楽しかったとか勉強になったとか、基本いいことしか喋らねえんだ。実際どうなのか気になってさ」
「心配、だったんですね。よくお迎えにも来てるみたいですし」
「まあな。本当は毎日送り迎えしたいとこなんだが、あいつが電車で通いたいって言うから。……でも、うまくやれてるみたいで安心した。あいつと仲良くしてくれてありがとな」

この人、こんなふうに笑うんだ。しかも感謝までされた。私は何度も目を瞬かせて彼の顔を見た。話してみると随分印象が違う。威圧感を放って出待ちする不審者のイメージが崩れていく。思ったより気さくで、感じのいい人のように思える。もしかしたら早乙女くんの前ではいつもこんな感じなんだろうか。ああ、だとしたら、早乙女くんがこの人に向かって小走りで寄っていくのもなんだか分かる気がする。

「……竜馬さんっていうんですよね、お名前」
「ゴウから聞いたのか」
「はい。あの……竜馬さんって、早乙女くんのお兄さんなんですか?」
「……兄貴に見えるか?」
「いえ全然」

私が食い気味に答えると、竜馬さんは声を上げて笑った。そりゃ似てねえよな、と笑いながら言う。私だって本当にお兄さんだと思って聞いたわけじゃない。同類だと感じたその目の真意を確かめたかっただけだ。家族に向ける眼差しとは明らかに違う、その視線。

「じゃあ、竜馬さんと早乙女くんって、どういう関係なんですか?」

本当は聞かなくても分かってる。それが恋とか愛って呼ぶべきものであること。だって私も早乙女くんに同じ感情を抱いてるから。――そして、早乙女くんが竜馬さんを見る目も、同じ。
竜馬さんは目を見開いて私をじっと見た。たぶん今の問いかけで私の気持ちもこの人にばれた。そうですよ私も早乙女くんのことが好きなんですよ。私のことなんて、大勢いるクラスメイトの一人に向ける目でしか見てくれてないけど。早乙女くんが恋する目で見てるのはあなたしかいないけど。悔しいけど、それが事実だ。
あなただってそのことは分かってるんでしょ?だったらなおさら直接教えてよ。私が潔くこの恋を諦められるように。
竜馬さんは探るように私の目を見つめて、それから静かに口を開いた。「俺とあいつは、」

「竜馬!」

その言葉の先を、早乙女くんの声が遮った。聞き慣れた靴音。早乙女くんが小走りで私たちの――いや、竜馬さんの方へ駆け寄ってくる。
「遅れてすまない、竜馬」
「気にすんなって。日直の仕事だったんだろ」
「ああ。……何か話していたのか?」
早乙女くんは私と竜馬さんを交互に見遣る。大事な話だったなら申し訳ないといった様子で。

「あっ、ううん!ちょうどそこで行き合ったから、その……世間話!世間話してたの!大事な話とかじゃないから気にしないで!」
「学校でのお前の様子とか聞いてたんだよ」
「学校のことはちゃんと毎日話しているだろう。俺の話だけでは不満か」
「だってお前、詳しいこと全然教えてくれねえだろ」
「……なら、詳しく話すように努力する」

早乙女くんがちょっと不服そうな表情を浮かべた。少し唇を尖らせて竜馬さんを見上げる。えっかわいい……早乙女くんってそんな顔もするんだ……。学校ではいつも穏やかにしているから、表情を崩してるところなんて見たことがなかった。たぶんそれは竜馬さんにだけ見せる顔だ。私はなんだか見てはいけないものを見てしまったような気がして、自分の体温が上がるのを感じた。かわいい、超かわいい、そして羨ましくて、悔しい。こんなの敵うわけないじゃん。

「どうした?少し顔が赤い」
風邪でもひいたんじゃないか、って早乙女くんが心配そうに私の顔を覗き込んでくる。いきなりそのきれいな顔が近くに寄ってきたので私は慌てた。至近距離で見るには刺激が強すぎる。
「だっ……大丈夫!それよりごめん、一緒に帰るの邪魔しちゃって!じゃあね早乙女くん!」
「ああ。また明日」
誤魔化すように手を振ると、早乙女くんはふわっと笑って手を振り返してくれた。そう、早乙女くんは「にこっ」じゃなくて「ふわっ」と笑う。その柔らかさが私は好き。たとえその微笑みが私だけのものじゃなくても。

じゃあな、と一言残して、竜馬さんは早乙女くんと一緒に車の方へ向かっていく。兄弟とかじゃなくて、早乙女くんのことをとっても大事に思ってて、お互いに恋する目をしてるなら、それってやっぱり「そういうこと」でしょ?聞けずじまいだった答えが霧散していく。言われなくたって分かってる。分かってるけど、でも。
すると、私の視線に気付いたのか、竜馬さんが首だけ動かしてこっちを見た。視線がぶつかる。その唇がゆっくり動いた。

「ひ」「み」「つ」

その三文字を、竜馬さんは声には出さずに私に伝えた。私でも分かるように、ことさらゆっくり、大きな口の動きで。早乙女くんは気付いていない。
ひみつ。秘密。秘密、って――どういうこと!?
混乱する私を見て取ると、竜馬さんはふっと笑って早乙女くんの腰を抱いた。そのまま二人の背中は正門の向こう側に消えていく。

あのさあ、人前でそれやる?スマートに!腰を!抱くなよ!あまりにも自然すぎて周りの人全然気にしてないけど私はちゃんとこの目で見てたからね!?あなたが何歳だか知らないけど!いい歳した大人が未成年の腰を抱くな!いくら早乙女くんが受け入れてたところで傍から見れば立派な犯罪ですけど!?
ていうかマジで「秘密」って何!?牽制か!?女子高生に対してバチバチに牽制してくる成人男性、存在するんだ……もしかして私あの人の恋敵認定された?いやでも同じステージにすら立たせてもらってない。たぶんあれは牽制っていうよりマウントだ。明らかに見せつけられてる。ゴウは俺のもんだって無言で宣言された。

二人が消えていった方向を凝視しながら、私は全身をわななかせた。前言撤回。感じのいい人だとか思ってたけど全然そんなことなかった。あの人、めちゃくちゃ大人げなくて嫉妬心と執着心強くてマウント取ってくる。どう考えても悪い男だ。
あんなの、もはや「竜馬さん」じゃない、「竜馬」だ、もう呼び捨ててでいい。早乙女くんを渡してたまるかという思いが湧き上がってくる。敵う敵わないとかの問題じゃない、振り向いてもらいたいなんてことももう思わない。早乙女くんがあいつのものになるという事実に腹が立つ。

なのに早乙女くんは恋する目であいつを見つめるもんだから私は気が狂いそうになる。ねえ早乙女くん、本当にあいつでいいの?あんな全力マウント男がいいの?……そんな下らないこと聞いても、きっと早乙女くんはいつもみたいにふわっと笑って頷くんだろうな。容易に想像できてしまう。はあかわいい。超絶かわいい。そして私は、早乙女くんにそんなふうに思われてるあの悪い男が心底羨ましくなってしまうのだった。




2022/04/10