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あなたが守ったこの場所で、今日もきれいな花が咲く(サーガ號/隼人から號へ)

※サーガ號最終話後に隼人が號くんのお母さんに挨拶に行く話




息子さんは地球からいなくなりました。死んだかどうかすら分かりません。しかし、おそらくはもう二度と戻ってくることはないでしょう。
軍事機密という言い訳を盾にして、淡々と事実を一方的に述べた。伝えられる情報はたったそれだけしかなかった。
少年の母親は、受け取った荷物をもう一度抱え直した。かろうじて形見と呼べるものはその両腕に抱えきれるほどにしかなかった。彼はまるでつむじ風のように何もかもを巻き上げて、そしていなくなったのだ。大事なものだけを地上に残して。

「そうですか……」
母親はぽつりと言葉を零した。呆けたような声だった。事実を受け止めきれずにただ目を瞬かせる。
隼人はこうした遺族の姿をこれまでに何度も見てきた。死なせてしまったパイロット候補たち、命懸けで自分の役割を果たそうとしたネーサーの職員。家族を守るために志願した者もいれば、家族の仇を討つために来た者もいた。どんな経緯であれ、死ねばみな四角い箱に詰められて遺族のもとに帰る。遺族がいない者はこちらで引き取った。遺体が見つからなかった者は遺品だけを渡した。

なぜ死なせた、人殺し、あの子を返せ――そんな恨みつらみの言葉を浴びせられるのは常だったから、今更何を言われたところで動じない。そのはずだった。
「……ありがとうございます」
礼を言われたのは、初めてだった。

「號はねえ、あんな子ですから、有り余る力と正義感をもてあまして退屈そうにしていました。陸上にも本気じゃなかったみたいだし、不良グループと揉め事起こしては叩きのめして帰ってきたりして。昔からどこかに腰を落ち着けるってことができなかった子なんです。でもあなたに連れられて、えっと、ネーサー?でしたっけ、そこに行ってからは充実してたみたいで。電話なんてたまにしかくれなかったけど……向こうでのこと、本当に楽しそうに話してくれましたよ。声が弾んでた。俺が左手でぶん殴っても平気な顔してる奴がいるんだーって、おかしなこと言うもんだから笑っちゃって」
「左手で」
「ええ、あの子左利きなんですけど、普段は右手を使ってたんです。加減してるつもりだったんですかねえ」
知っている。最初に出会った時に、彼が本当は左利きであることを見抜いたのは隼人だった。

「でも向こうでは、そうやって加減する必要もないくらい、思う存分自分を出せていたんだと思います。それが嬉しくて……」
それきり、少年の母親は言葉を詰まらせた。隼人は何も言えず、俯いた視線の先にある畳の目を数えた。風が二人の間を吹き抜けていった。




――あれは、アラスカでの戦いが終わった後のことだった。

「なんだかんだで生きて戻ってきちまったぜ」
號はあっけらかんと笑った。ぼろぼろの体を引きずりながら、こんなものどうということはないとでもいうかのように、笑う。やせ我慢が板についていた。包帯の巻かれた頭を軽く小突いてやったら大げさな悲鳴が漏れた。

「しぶとい奴め。だがそれでこそゲッター乗りだ。……よく戻ってきた」
「うん」

そう言って小さく頷く姿は年相応に見えた。あれだけの戦場をくぐり抜けてきても、中身はまだ十代の子供だ。ついこの間まで普通の高校生だった少年を戦場に送り込んだのは他ならぬ自分自身だった。隼人は號の顔に散った細かい傷に目を落とす。自分にできるのは、せめてこの傷が癒えるまで、次の戦いが起こらないように目を光らせることだけだ。

「勝手に家出しといてこんなこと言うのもアレだけどよ、まあ、改めてよろしくな、神さん」

號が手を差し出してきた。握手のつもりらしい。が、差し出されたのは左手だった。隼人が怪訝な顔でそれをじっと見つめていると、號は再度手を突き出してくる。仕方ないので隼人も左手を出した。がっしりと強い力で握られて、そういえばこいつは左利きだったかと思い出す。いつもは相手に合わせて右手を使っているはずだが、今日に限ってなぜ左手なのだろう。ただの気まぐれか。

隼人が左手で少し握りにくそうにしているのを見て、號は歯を見せて笑った。別に利き手じゃないからと言って力を出せないわけじゃない、甘く見てもらっては困る、と隼人は負けじと手を握り返した。號は「いてえ!」と言いながらますます楽しそうに笑う。何がそんなに面白いのか分からず、隼人は眉根を寄せたのだった。




自分の左手を見下ろしながら、隼人はいつぞやの記憶を思い返していた。
あれは。號があの時、左手を差し出した意味は。おそらく気まぐれではなかったのだ。相手に合わせることなく、敢えて利き手を差し出した、それはきっと彼なりの誠意だったのだろう。今となってはそれを確かめる術もないが。


隼人は足を止め、今来た道を振り返った。遠くに「一文字酒店」の看板が見える。古い商店が立ち並ぶ通りは、昔からの街並みをそのままに残しているようだった。金物屋の前で、腰の曲がった老人二人が和やかに何かを話している。八百屋の店先に並べられた野菜は瑞々しい輝きを放っていた。道端には名前も知らない黄色の花が咲いていた。
これが、號の生まれ育った場所だ。彼がもう二度と帰ってこないとしても、この街は変わらずにここにある。当たり前の日常がこれから先も営まれ続ける。

風が吹いた。巻き上げられた砂埃が空に舞い上がって消えていく。それにつられて空を見上げれば、突き抜けるような青が頭上に広がっていた。あまりの青の深さに目が眩みそうだった。
彼が育った街は変わらずにあり、彼が守り抜いた世界の空はどこまでも青く澄み渡る。世界は続いていく。残酷なまでに、ずっと。







2022/03/02