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書いた小説の倉庫です

私は彼らと共にある(アークから見たアークチームの話)

※一人称「私」のアーク(機体)がひたすら語る




試作機の海で私は生まれた。兄弟達の残骸の上に私は長いこと横たえられていた。名前すら無かった。本来なら陽の光を浴びることなく朽ちるはずだった。
けれど私を長い眠りから目覚めさせた人間がいた。人間の名は神隼人という。隼人は私の炉心を瓦礫から引き上げて、新しいからだを作った。アークという名を私に与えた。人類の最後の希望となれと言った。
ぴかぴかに磨かれた新しいからだをもらって、私は浮かれていた。隼人が何か小難しいことを言っていたけれど、その内容は半分も頭に入ってこなかった。

「くれぐれも暴走はするな。ゲッター線の出力は抑えてある」
残念。もっと自由に飛び回りたかった。
「抑えてあると言っても常人には耐えられん仕様だがな。そうでなくては敵の脅威に備えられん。……お前に相応しい乗り手が現れるかどうかは分からんが」
早く正式なパイロットが来てほしい。そうしたら一緒に遠くへ行きたい。どこまでも。
隼人は眉をしかめて私を見上げた。

「いいか。勝手にどこかに行くんじゃないぞ。特に火星は駄目だ」
どうして?空を飛ぶのは楽しいのに。いつか宇宙にも行きたい。きっと楽しいに決まってる。火星がそんなに恐ろしい場所かどうかかは行ってみなくちゃ分からないでしょう。
「行くならゲッターだけで行け。パイロットは連れて行くな」
じゃあ、そのパイロットが行きたいと言ったら?
「…………」
隼人は黙り込んでしまった。彼が何を思い出しているのかを私は知らない。私が生まれる前の出来事だから。でも隼人はさみしそうな顔をしていた。


それ以来、たくさんのパイロット候補が入れ替わり立ち替わり私に乗った。乗ってくれるのが嬉しくてはりきったけれど、それは逆にパイロットたちを苦しめてしまった。死なせないように優しく丁寧に飛んだつもりでも、彼らはすぐに気を失ったり泡を吹いたりした。誰も耐えられる人がいなかった。誰も。その事実は私をさみしくさせた。

見上げてくる視線に気付いて、私はおや、と思った。赤い目の少年と目が合った。
「……アーク」
少年は私の名を呼んだ。彼には何年か前に会ったことがある。その時の彼はまだ小さい子供だった。隼人に連れられて私がいる格納庫に来たのを覚えている。確かあの時は、私と目が合った瞬間泣きそうな顔になって、逃げるように走り去っていったのだった。怖がらせてしまったと私は長いこと落ち込んだものだった。
私を見上げる少年は、あの時より随分背が伸びていた。搭乗用のスーツに身を包んでいるのを見て初めて、彼が新しいパイロット候補なのだと気付いた。

鱗に覆われた皮膚と、人間とは異なる赤い目。私が今まで乗せてきたパイロットとはだいぶ様子が違う。聞けば、彼は人間とハチュウ人類とのハーフなのだという。いくら耐性があると言っても、私が内包するゲッター線は彼にとって猛毒だ。
自分を殺してしまうかもしれない機体に彼は乗る。それが彼自身の意志なのか、それともやむを得ない選択なのかは分からない。けれど、畏怖の念をこめて私を見上げる彼の目は既に覚悟が決まっていた。

ほどなくしてカムイ・ショウは私の正式なパイロットになった。彼は私の力にも耐えきってみせたのだった。
私とカムイはたくさんの敵と戦った。時にはカムイとふたりで、時には他のパイロット候補も一緒に乗せて。でもやはりカムイ以外は誰も長くは保たなかった。何年もの間、私達はふたりぼっちで戦い続けた。その間にカムイの背はどんどん伸びて、体つきもしっかりしていって、気付けば立派な青年に成長していた。

そして、私達は流拓馬と山岸獏に出会った。

初めて彼らを乗せた時から、ああ、きっとこの子たちが私の運命なのだと確信した。そしてその通りに彼らは私を乗りこなした。ようやく三人が揃った!私は嬉しくてたまらなかった。パイロットを三人乗せた私の体は羽根のように軽かった。今まで出せなかった力が出せる。行けなかった場所へ行ける。いつだったか、「早く三人揃うといいな」と語った隼人の言葉の意味がようやく分かった気がした。一人と三人とではまったく違った。これが私の本来の力なのだ。

三人のパイロットを乗せた私に怖いものなど何もなかった。無敵だった。何度も窮地に陥ったし、そのたびに私のからだはぼろぼろになったけれど、私は楽しかった。三人と一緒に戦えることが。共に在れることが。
彼らのためなら何でもしてあげたいと思った。どんな攻撃にも耐え抜いて守った。力を必要とされればリミッターを外してでも応えた。彼らとならどこへでも行けると思った。
――とはいえ、まさか未来へ連れて行かれることになるとは想像もしていなかったけれど。


未来は私の同胞達が支配する世界だった。私達は両手を広げて歓迎された。なのにこの居心地の悪さはなんなのだろう。
頭の中で聞こえる「母」の声がより強く響いた。私達の中に流れるゲッター線の声。人類の進化を導け、それ以外は排除せよと語りかけてくる。それは私達の本能とも呼ぶべきものだった。地球にいた時には囁き程度にしか聞こえていなかったその声が、未来の世界ではまるで耳鳴りのように響くのだ。
私はその声から逃れるようにがむしゃらに戦った。戦っている間は声が薄れるような気がしたからだ。
そのせいで、私はパイロットの大事な声を聞き逃してしまった。いつの間にかカムイが私のもとからいなくなっていた。

カムイとはぐれ、獏とも別れ、私は拓馬とふたりで地球に戻った。そこで待っていたのは、変わり果てた地球の大地と、私の知らないロボットと、それに乗るカムイの姿だった。
どうして、ねえ、どうして、私以外のロボットに乗っているの。あなたは私のパイロットでしょう、カムイ。
私と拓馬が何度呼びかけてみても、カムイはまるで聞こえていないとでもいうかのように私達を攻撃した。私達の言葉は彼には届かなかった。

バグと呼ばれたその機体は、私より遙かに強かった。星を滅ぼす力をもっていた。私では到底敵わない相手だった。だけど私は一歩も退かなかった。なぜなら拓馬が決して諦めなかったからだ。
私のからだはぼろぼろになり、腕がもげた。半身が削げ落ちて、立っているのすらやっとだった。力なんてどこにも残っていなかった。でも私は膝をつかなかった。

――死なせない。拓馬は私が死なせない。死なせるわけには、いかない。
たとえこのからだが使い物にならなくなっても。もう二度と戦えなくなっても。絶対に守り抜いてみせる。拓馬だけは死なせない。そう私は強く強く思った。拓馬のために。そして何より、カムイのために。
もし私がここで倒れて、拓馬を死なせてしまったら、カムイを止められる人間はどこにもいなくなってしまう。そうなったらカムイはひとりぼっちだ。この先もずっと、たったひとりで生きていかなくてはいけない。仲間の命を奪った後悔を引きずりながら。そんな未来は、だめだ。ひとりぼっちのさみしさは、あなたが一番よく知っているでしょう。

私は誰一人死なせたくなかった。ひとりぼっちにさせたくなかった。拓馬、カムイ、獏。私には三人が必要だった。誰が欠けてもだめだった。
カムイ。私はあなたを諦めない。たとえあなたが私を殺そうとしても、あなたは私の大切なパイロットの一人だから。




ぼろぼろになった私のからだはたくさんの人の手で修理された。私が休息している間にも世界はみるみる変わっていった。そして今、私は火星に降り立っている。隼人が何度も行くなと言っていたあの火星に。
母の声が頭の中に響いている。未来の世界で聞いた時と同じくらい強く。人類の進化を導け、それ以外は排除しろ、ゲッターのさだめに従え、と。端末である私達は母に逆らえない。母の声は本能に刻み込まれている。

――けれど、私は私自身の意志で、その声に知らないふりをした。
ゲッターロボ」として、本来ならありえない誤作動だ。たぶん私はどこかでおかしくなってしまった。カムイという人間以外の種族を乗せたこと、パイロット達と未来の世界へ行ったこと、拓馬とカムイの戦いをこの目で見たこと。私が経験したことすべてが私を構成している。その経験が私に誤作動を起こさせた。きっと誰も予期していなかったエラーだ。母でさえも。

私は、人類を導く存在ではなく、人類と共に歩む存在でありたい。たとえこの意志が誤作動に過ぎないとしても、私は自分の選んだ道に誇りをもって進んでいくだろう。私の大切なパイロット達と共に。






2022/02/26

BGM:光るとき/羊文学

「何回だって言うよ、世界は美しいよ
君がそれを諦めないからだよ」


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