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いつだって甘えていたいのさ(チェンゲ/竜號)

※2/22猫の日ネタ 竜號は同棲してる
※竜馬が大人げない28歳児




ゴウが子猫と遊んでいる。
猫じゃらしのおもちゃをふりふりと揺らすと、猫は小さい前足をめちゃくちゃに動かしながらそれを追いかける。始めはゆっくりと、やがて猫がその動きに慣れてきたら、緩急をつけたり、動かす方向を変えてみたりする。たった一本のおもちゃでよくここまで動きを工夫できるものだ。猫は飽きもせず夢中になっている。
そして俺は、ゴウの隣に座ってそのやり取りを眺めていた。

「ふふ、上手だぞ、ねこ」
ゴウは微笑みながら猫に話しかけた。それに応えて猫がにゃあんと鳴く。これは自分がかわいいと思ってる鳴き声だぜ、絶対。

この子猫がうちに来たのは二週間ほど前だった。ゴウが哨戒から戻ってきたと思ったら、薄汚れた毛玉の塊を腕に抱えてきたのだった。
『ひとりぼっちで、淋しそうだったんだ』
俯きながら小さく呟いたゴウを見て、「返してこい」なんて言えるわけがなかった。

薄汚れたその子猫は、たった一匹で鳴いていたところを偶然ゴウに見つけられたらしい。近くに母親はいなかった。兄弟の姿も。この厳しい自然環境の中で死んじまったか、はぐれたか。とにかくそいつはひどく弱っていた。子猫の世話の仕方を本で調べたり、猫を診られる医者をゲッターに乗って探し回ったり、二人でてんやわんやになりながら面倒を見た。

一番大変な時期が過ぎて今に至るわけだが、この猫、懐き方に差がありすぎる。ゴウにはそれはもうべったりと甘えるくせに、俺にはちっとも懐きやしない。それどころか触ろうとすると未だにシャーとか言いやがる。おかげで手足のあちこちに生傷が絶えない。俺だって同じくらい苦労してこいつの世話をしてやったのにこの差はなんなんだ。

「とんだ生意気なヤローだぜ。人によって態度変えやがって」
「竜馬が警戒しているからだろう。あと野郎じゃない、雌だ」

言葉の綾をゴウが律儀に訂正してくる。そうか雌か。いや、そうじゃなくてだな。
俺がどう反応していいか迷っている間にも、ゴウは猫じゃらしを動かす手を止めない。猫は相変わらずぴょんぴょん跳ね回りながらそれを追いかけている。小さい体のくせに体力は底無しか?たった二週間前までは今にも死にそうに弱々しく鳴いていたとは思えなかった。

「ほら。ねこ、今度はこっちだ」

ゴウはこいつのことを「ねこ」と呼んでいる。ねこ。貰い手が見つかるまでの間しか一緒にいられないから、情を移さないためにも名前を付けないのかと思ったが、ゴウは名前のつもりで呼んでいるらしい。いい加減な名付けというわけでもない。真剣に考えて「ねこ」と呼ぶことに決めたのだ。
いくらなんでも直球すぎないか?もし知らない人間を拾ってきたら「にんげん」と名前を付けるんだろうか。そう考えると少し怖い気もする。ゴウのネーミングセンスにはあまり期待しない方がいいのかもしれない。

「ねこはかわいいな」

ゴウは目を細めて笑った。――あ、まただ。また俺の知らない笑い方をする。
ゴウは表情の変化に乏しいと思われがちだ。基本は無表情で、あとは叫ぶか微笑むかの両極端な二パターン。最初の頃は俺もそういうもんだと思っていたが、よくよく観察するとちゃんと違いがあることに気付いた。微笑みの中にもグラデーションがあって、妹に向ける慈愛の笑みだったり、あどけなさの残る笑みだったり、ガイといる時なんかはたまに歯を見せて笑うこともある。俺がゴウと同居し始めてからはもっといろんな笑い方を見るようになった。

そして今。ゴウが猫に向けている微笑みは、まるで砂糖菓子みたいだった。なんだっけ、あの、昔ミチルさんが俺たちに作ってくれたやつ。白くてふわふわしてて、甘ったるい塊。そうだ、確かマシュマロとかいう名前の菓子だ。あんな感じの顔をしている。自分より遙かに小さな生き物に対して、かわいくてたまらないというような。
こいつの新しい表情が見られるのは悪くない。が、なぜか同時に「面白くない」という感情も湧き上がってくる。

「なあゴウ……そっちばっかじゃなくてよお……」

ソファーから腰を浮かせて、俺はもう少しだけゴウに体を近付けた。ゴウが「そっち?」と俺の言葉を反芻する。俺の言いたいことは一ミリも伝わってなさそうだった。手に持っていた猫じゃらしと子猫を交互に見て、はっとした顔をする。
「すまない。俺ばかり遊んでしまった」
そして俺に猫じゃらしを差し出してくる。お前もねこと遊びたかったんだなと言わんばかりに。ああ、うん、お前の優しさは十分伝わった、伝わったけどそうじゃねえんだよ。お前は猫と遊ぶのが楽しくて仕方ないからそう思ったんだろうけど。

「いや、だから、そっちじゃなくて」
もどかしさに気が狂いそうになりながらも、俺は冷静に振る舞おうと努力した。でも努力しただけだ。声はみっともなく震えていた。
子猫が琥珀色の瞳で俺たちを見上げている。ついさっきまで遊んでいた猫じゃらしが目の前から消えたのが不思議で仕方ないらしい。どうしたの?とでも言うように首を傾げている。

馬鹿か俺は。こんなちっせえ生き物相手に本気で妬いちまうとか、馬鹿の極みだ。本当にくだらない。
自分でもあまりに子供じみている自覚があるから、ゴウの目をまともに見られない。しかしゴウはそんなこともお構いなしに俺の顔を覗き込んでくる。ばっちりと目が合ってしまった。そして、

「……ああ、『こっち』か」

ゴウは俺の目の前で両腕を広げた。「おいで」のポーズ。親が子供を抱き締める時によく見る。俺はガキか。まあ、違いない。ゴウ自身は俺を子供扱いしてるわけではないが、俺がそれを求めてる顔をしてたからそうしたんだろう。
俺はひとつ息を吐いて、それから広げられた腕の中に飛び込んだ。ゴウの胸に頭をぐりぐりと押し付ける。この際だから恥ずかしさや躊躇いの類は捨ててやる。なにしろ俺は子猫相手に本気で嫉妬を抱いた男だ。子猫と同レベルの人間が今更何をためらう必要があるってんだ。

完全に開き直って甘え倒す俺を、ゴウは何も言わずに受け止めた。俺の髪の毛を優しく撫でてくれる。
それを羨ましがったのか、子猫がにゃうにゃう言いながら俺の脚にまとわりついてきた。爪を立てながら脚をよじのぼり、俺の背中にちょこんと乗っかる。こんな小さい体でも爪はしっかり痛い。

「いでででで!おいこらテメーやめろ!」
振り払おうとしても猫は俺の背中にしがみついて離れない。どこにそんな力があるんだお前。俺が躍起になればなるほど猫の爪は食い込んでくる。
すると、俺と猫の攻防を見ていたゴウが声を上げて笑った。俺たち一人と一匹は同時にゴウの方を振り返る。

「かわいいな」
「……どっちが?」
「どっちも」

そう言って微笑むゴウは、マシュマロみたいな笑い方をしていた。






2022/02/23