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まよなかふたり(ネオゲの隼人と號)

「恐竜帝国との戦いの功績と、今後訪れるであろう脅威への備えとして、ネーサーは活動の継続を認められた。真ゲッターの凍結も当分は先送りだ」
「あー……つまり、」
「お前の食い扶持と宿は無事に確保されたということだな」
「よっしゃあ!助かったぜ大佐!」

號は弾けるような笑顔を浮かべ、パチンと指を鳴らした。喜びも怒りも、感情を全身で表現するのが號という人間だ。隣にいた翔や剴と肩を組んで、「なんか豪華なメシでも食いに行こうぜ~!」などとはしゃいでいる。こうも無邪気な笑顔からは、殺意を剥き出しにして戦う姿など想像もつかない。

「何変なカオしてんだ?一緒に行きてえのか?」
「馬鹿を言うな。俺は仕事だ、お前たちだけで行け」
「拗ねんなよな、おっさん!」

けらけらと笑いながら、號は二人を連れて歩き去っていく。小さくなっていくその背中を、隼人は目を細めて見送った。
きっと號自身も気付いていない。隼人がネーサーの活動継続を告げた時、號の瞳が安堵の光で揺らいだこと。まるで、迷子センターに預けられた子供が、迎えに来た親を見つけた時のような表情をしたこと。よかった、自分の居場所はまだ取り上げられることはないのだと――そういう顔をしていた。その変化はほんの一瞬で、すぐにいつもの號に戻ってしまったが。目の前で彼を見ていた隼人だけが、彼が「子供」の顔に戻った瞬間を知っている。

 

「なあ大佐、今日はどのセットにした?俺Bランチ!」
今日も今日とて、號は馴れ馴れしく隼人に絡んできた。昼時の混み合う食堂の中でも目ざとく隼人を見つけて、ちゃっかり向かいの席を確保してくる。距離の詰め方も手慣れたものだ。

「翔と剴はどうした」
「今日は別の用事があるってさ。一人飯は味気ねえし付き合ってくれよ」
「俺の了承を得る前にもう座っているだろうが」
「だってあんた断んねえだろ?」

混雑した食堂で、ちょうど目の前の席が一つ分空いていて、見知った顔がそこにいるなら、相席を断る理由などない。ないのだが――完全に號のペースに乗せられているようで釈然としない。號はにんまりと笑ってBランチの肉野菜炒めをぱくついた。文句を言うのも馬鹿らしくなって、隼人は黙々と昼食をとる。

神隼人という人間は、周囲から「怖い」「近寄りがたい」と思われがちで、遠巻きにされるのが常だった。しかし號はそんなことをちっとも気にせずに近寄ってくる。人なつっこい笑みを浮かべて愛想を振りまき、人の懐に易易と入り込むのだ。防御が堅いと自負する隼人ですら、號のことは頭から拒絶することができない。やかましい、鬱陶しいと感じることはあるが、その憎めない笑顔を見ているとつい気を許してしまうのだ。それどころか、表情がころころ変わるこの少年をかわいいとさえ思っている。――「あの」神隼人がだ!

號は肉野菜炒めを平らげて満足そうにニコニコしている。その口の端に米粒がついていたが、それを指摘してやったら負けだと思った。こういう隙があるところも、かわいいと思わせる要因なのだろう。
隼人は大きな溜息を一つ吐いた。「幸せが逃げるぜ~」とからかってくる號の眉間を指で弾いてはまた息を吐いた。

 

一文字號の人たらしの才能は驚異的だった。彼が本来もつ気質によるところは大きいだろうが、おそらく自覚的にやっている部分も少なくない。
隼人は画面上に映る號の経歴をじっと眺めた。
五年前の恐竜帝国の襲撃によって天涯孤独となり、闇組織が主催する賭けプロレスで賞金を稼いでいた――文章で表せばたったそれだけの記録だ。その行間に挟み込まれた彼の生き方は彼自身しか知らない。隼人にできるのは、数少ない記録から推測することだけ。

隼人は「地獄を見せる男だ」と號に言ったが、きっと號はそれよりずっと前に違う地獄を見てきたのだろう。隼人が恐竜帝国との戦いに明け暮れている間、號は家族を失い、帰る家も失い、地獄をさまよい歩いてあの賭けプロレスのステージまで辿り着いたのだ。
號はあのステージで客や従業員を問わず人気が高かったという。隼人に接するのと同じように、あの人なつっこい笑みを振り撒いていたのかもしれない。愛嬌たっぷりで、誰からも気に入られるような振る舞いをする。地獄を生き抜くためにはそれが必要だった。自分の居場所を守るための手段の一つとして。

演技というわけではないのだろう。仮に偽物だとしたら気を許していない。彼はごくごく自然に、「人から愛される自分」の振る舞いを身に付けている。それに対して微かな違和感を覚えこそすれど、隼人は「俺の前ではありのままのお前でいろ」などと言うつもりは微塵もなかった。それこそ號に対する侮辱になる。
だが――隼人は知っている。號が「子供」の顔に戻った瞬間を。居場所を見つけて安堵する一瞬の揺らぎを。知っているから、號の笑顔を前にして黙り込んでしまうのだ。

 

ふと、扉の向こうで呼び出し音がした。隼人は號の経歴が映し出された画面を閉じて呼び出しに応じる。扉の液晶画面には號の顔があり、隼人は少しだけ面食らった。思わず手元の時計を見る。針は深夜1時を指していた。

「どうした、こんな時間に。急ぎの用か」
『別に急ぎじゃねえけど。……あんたならまだ起きてるかもと思って』
「御名答だな。絶賛仕事中だ」
『……やっぱやめ、』

號が言い終わるより先に扉のロックを解除した。うわ、とバランスを崩した號がよろめきながら部屋に足を踏み入れる。
「別に帰れとは言っていない」
「いーのかよ」
「仕事の邪魔をしなければな」
號は唇をへの字に曲げたが、隼人は気にせず再びデスクに向かった。やり残した決裁文書のデータを開く。背後に立つ號は何か文句を言いたげな雰囲気だったが、しばらくしてどすんという音が聞こえた。床の上に腰を落ち着けた音だ。

「じゃ、ここにいさせてもらうぜ」
ふてぶてしい声に、隼人はパソコンのタイピング音で応えた。画面には、ネーサーの予算についての文書が映し出されている。決裁を待つ文書ではあるが、こんな夜中までやらねばならないほど急ぎのものでもない。明日に回しても十分余裕がある。だが隼人はそれを今夜中に終わらせることにした。號をこの部屋にいさせてやる口実のために。

背中に感じる視線はぼんやりとしていて、號はただ目的もなく隼人の背中を見つめているだけらしいということが分かる。ここにいるということ自体が彼の目的であって、そこで何をして過ごすかは何も考えていないのだ。普段は鬱陶しさを感じるほどやかましく話しかけてくるのに、今夜の號は水を打ったように静かだった。隼人のタイピング音だけが暗がりの中に響いていた。

隼人がふと顔を上げて時計を確認すると、もう深夜の2時半を過ぎたところだった。口実のために仕事をしていたつもりがつい没頭してしまった。背後を振り返ると、號が床の上に転がっていた。ダンゴムシのように体を丸めて寝ている。体を縮こまらせて、寝息すらとても小さく。もっと寝相が悪いのを想像していたから意外に思った。
――いや、ここが俺の部屋だからか。
その可能性に思い当たって、隼人は自分の唇を指でなぞった。子供のような號の寝顔を見下ろす。

口実や約束がなくても、ここにいていい。たとえネーサーが無くなって、世界がゲッターを必要としなくなっても。戦う理由さえなくなっても。お前の居場所は変わらずここにある。

そう言ってやれば、安心するのだろうか。親のように頭を撫でて、優しく微笑んでやれば。……そんなことをして安心できるのは、何かしてやったつもりになった自分だけだ。
隼人は開きかけた口をまた閉じた。號の肩にブランケットをかけ、またパソコンの画面に向き直る。そして、急ぎでもない文書に新しく取り掛かり始めた。途中で目覚めた號が、音のない暗闇に息を止めることのないように。時計の針はもうすぐ深夜の3時を回ろうとしていた。

 


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2022/01/23

BGM:family/古川本舗

「これから 私たちは思い知るだろう
でも、まだ。夜がくるその前に」


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