luica_novel

書いた小説の倉庫です

おまえはずるい!(拓カムとバイス)

※恐竜帝国で戦ってる頃の拓カムとバイスくん
バイスくんがカムイ様のこと大好きすぎる子になっている

 


「今日も疲れたな……なあカムイ~、早くメシ食いに行こうぜ~」
「分かったからくっつくな。鬱陶しい」

ゲッターから下りたと思ったらこれだ。
流拓馬はカムイ様の肩に腕を回して体重を乗せてくる。カムイ様はいかにも嫌そうな顔をしてそれを引き剥がしにかかるが、流拓馬はそんなものお構いなしにべたべたとカムイ様に纏わり付いて離れない。なんて馴れ馴れしい奴だ。無礼極まりない。
俺はわなわなと震える拳を握り締めた。流拓馬、許せん。何が許せんのか自分でもよく分かっていないが、とにかく許せん!

バイス、ちょっと落ち着け」
「この場で暴力沙汰はやめてくれよ」

俺が一歩踏み出そうとしたところで、ガンリューとゴズロが両脇から俺の腕を掴んできた。
「離せ!あいつを殴ってやらねば気が済まん!」
振り払おうとしてみるが、二人がかりで押さえつけられてはびくともしなかった。俺が頭に血が上りやすいタイプであることをこの二人は熟知しているし、それゆえ俺を止める術もしっかり身に付けている。俺は唸り声を上げながら、食堂の方に消えていくアークチームの後ろ姿を見送るしかなかった。

下劣な人間二人に挟まれてカムイ様もさぞかしご苦労なされているだろうと思っていたのに、蓋を空けたら割と仲がよさそうだったのが第一の衝撃だった。
あの三人、性格も個性もばらばらなのに、なぜかうまくいっているのが気に食わない。戦場での見事なチームワークを見ればそれは明らかだ。長年の付き合いがある俺たちザウルスチームよりも、あいつらの方が合体が上手いのも癪に障る。猪突猛進な流拓馬をカムイ様が冷静に制し、山岸獏が全体のフォローに回る。そういう役割分担が自然にできているのだった。

まあ、百歩譲ってチームとしての連携が取れていることは認めよう。問題は流拓馬だ。あいつが本当に目障りでどうしようもない。
まずカムイ様に対してあまりにも馴れ馴れしすぎる。俺が見ている前で平気でべたべたとカムイ様に触りまくるし、間延びした声でカムイ様の名前を呼び捨てにするし、とにかく距離が近い。同じゲッター乗りだからといって、あんな礼儀知らずな態度が許されると思っているのか!?なんてお気楽な脳みそだ。

恐竜帝国民がカムイ様に対して同じことをしようものなら不敬罪で処罰ものだ。いや実際に処罰されるかどうかは分からないが、処罰されないなら俺が代わりに処す。あの方は畏れ多くも帝王ゴール3世様の弟君であらせられるのだ。あいつが地上からやってきた無法者で、停戦協定のために特別待遇を受けている人間でなければ、今頃海の藻屑になっていてもおかしくない。

そして一番受け入れがたいのは、カムイ様が流拓馬を本気で拒絶する気がなさそうだという点だった。さっきのやり取りにしてもそうだ。本当に嫌ならば殴ってでも止めようとするだろう。それをしないということはつまり、やめろというのは口だけであって、カムイ様が流拓馬のスキンシップをある程度許容しているということだ。
あの高貴なカムイ様が、野蛮で下劣な人間に触れられるのを受け入れている――ああ!信じたくない!
どうしてお前のような人間がカムイ様の隣に立っていられるんだ。ぽっと出の、カムイ様の事情なんて何も知らないであろうお前が、どうしてカムイ様に触れることを許されているんだ。どうして。どうしてお前だけが。

「やはり殺すしか……」
気付いたら物騒な言葉が口から出ていた。流拓馬。お前だけは何としてでもカムイ様から引き剥がしてやる。



その日、俺はたまたま一人で通路を歩く流拓馬に遭遇した。欠伸をしながら歩く姿はだらしない。やはりこんな奴がカムイ様と並び立つなどあってはならないのだ。
気付かれないように気配を殺し、背後から尾行する。その間に俺の頭の中では流拓馬を抹殺するためのプランが幾通りも組み立てられていた。不意打ちは本意ではないが、目的を達成するためならやむを得まい。事故に偽装すればカムイ様も仕方ないことだと思ってくださるだろう。
そうこうしているうちに、流拓馬があっと声を上げた。つられて俺もあいつが顔を向けた方向を見る。前方にカムイ様の後ろ姿があった。
流拓馬が喜々として駆け出そうとするのを、俺は背後から全力で阻止しにかかった。

「待て!待て待て待て!」
「うわっ!?トカゲ野郎!?いきなりなんだよお前!」
「貴様またカムイ様に絡みに行くつもりだろう!やめろ!」

流拓馬を羽交い締めにして、通路の脇道に連れ込む。何としてもこいつをカムイ様の視界に入れるわけにはいかない。流拓馬はひとしきり抵抗した後、俺が絶対に手を離さないと悟ったのか、諦めたように舌打ちをした。

「わかったわかった、行かねえからその手を離しやがれ」
「金輪際カムイ様に近付かないと誓うまで離さん」
「なあ~んでお前に指図されなきゃいけねえんだよ。カムイに何しようが俺の勝手だろ」
「勝手なものか!カムイ様のご迷惑になることは必至だろう!これ以上カムイ様に馴れ馴れしく接するな!無礼だぞ!」

流拓馬が眉根を寄せた。「お前の言ってることが理解できねえ」と顔に書いてある。
「はあ?あんなん普通だろ。仲間なんだから」
「な、仲間……」
仲間。確かに仲間だ。だがそれだけでは俺は納得できなかった。仲間と言うにはお前の距離の近さはおかしいんだ!
万感の憎しみを込めて睨みつけるが、流拓馬は意に介さないようにフンと鼻を鳴らした。

「つうかお前の方が変な接し方してんだろ。カムイ様~!ってよお……尻尾振ってる犬みてえだぜ」
「何だと……!?」
「お前らは幼馴染なんだろ?なのに今はなんでそこまでへりくだってんだ?意味が分からん」

幼馴染という単語が出てきて、俺は急に言葉に詰まった。
俺たちはカムイ様と幼少期を共に過ごした記憶がある。幼さゆえに、あの頃は互いの立場をきちんと理解していなかった。だからカムイ様のことも「カムイ」と呼ぶことができたし、一緒になって服を汚しながら遊ぶことだってできていた。あまりに無知で、あまりに懐かしい思い出だった。
その思い出が眩しければ眩しいほど、俺は自分を強いて境界線を引かなければならない。

「……昔と今とでは立場が違う。俺はカムイ様に忠義を尽くす身だ。もう気安く名前を呼び捨てにできる関係ではない」
「そう思ってんのはお前だけなんじゃねえの?」
鋭い一言が突き刺さる。顔を上げると、神妙な顔をした流拓馬と目が合った。俺を犬だなんだと茶化した雰囲気はそこにはない。

「お前らのことはカムイから聞いてる。その話した時のカムイ、なんつうか……ちょっと淋しそうだったんだよ。友達だと思ってた奴がいきなり『カムイ様』つって敬語で話し掛けてきたら、そりゃ淋しく感じるだろ。俺の勝手な思い込みかもしれねえけどさ」
「……」
「それに、立場だとかなんとか言ってるが、お前自身はどうなんだよ。カムイの部下みてえなポジションで本当に満足してんのか?」
「……………………」

何も言葉が出なかった。
満足は、している。この命をカムイ様に捧げることができるのなら、それ以上の幸福はない。その思いには一片の曇りもなかった。

だが、その裏側に生じた感情を否定することも俺にはできなかった。
――羨ましかったのだ。ずるいと思ってしまった。恐竜帝国内の立場にもしがらみにも囚われず、対等にカムイ様と向き合える、こいつが。
俺だってカムイ様を「仲間」だと言いたかった。気安く名前を呼び合える関係でいたかった。カムイ様の隣に立って、共に戦いたかった。運命が少しでも違っていたら、幼馴染としてずっとカムイ様と一緒にいられる世界もあったはずだ。

本当は分かっている。流拓馬を疎ましく思う感情は、羨望や嫉妬から生まれたものであることを。
それでも認めたくなくて、「カムイ様に無礼だ」という建前を振りかざすしかなかったのだ。

俯いて黙り込んだ俺に、流拓馬の視線が痛いほど突き刺さる。やめろ、同情なんてするな。今更どうすることもできないんだ。たとえカムイ様がこの変わってしまった関係を淋しく思っていたとしても。俺が自分から引いた境界線はもう消せない。

流拓馬は俺と同じようにしばらく黙っていたが、「んー」と考える素振りを見せた後、思いついたように声を上げた。
「じゃあ、とりあえず名前呼びから始めてみるか」
突拍子もないその提案に、俺はうまく反応することができなかった。

「……は??」
「『カムイ様』じゃなくて『カムイ』って呼んでみろよ。あいつ喜ぶと思うぜ」
「バッ……バカを言うんじゃない!畏れ多くてそんなことできるか!!」
「つべこべ言うなって」

流拓馬はあくまでも本気のようだった。馬鹿にしているわけではないのは分かる。だからこそ厄介だった。
俺はずるずると引きずられるようにして流拓馬に連れ出された。人間のくせになんて力だ。下手するとガンリューやゴズロよりも強い。抵抗を試みるが無駄骨に終わり、俺はあれよあれよという間にカムイ様の前に引きずり出されてしまった。
アークのメンテナンスに立ち会っていたカムイ様は、俺と流拓馬が一緒にいるのを見て物珍しそうな顔をした。

「ようカムイ!こいつ、お前に用があるんだってよ」
バイスか。何の用だ?」
「カ……」

呼び捨て。……呼び捨てだと?幼い頃はなんの衒いもなく呼べていた「カムイ」という三文字が、いつまでも喉の奥に絡まっている。
「カ……カ、カム、カ……」
そのたった一言が出てこない。まるで壊れたスピーカーのように何度も同じ音を繰り返すが、どうしても最後まで言えないでいる。
カムイ様は困惑の表情で俺をじっと見つめた。その赤い目が俺だけを見ているかと思うとまた緊張してしまう。血液が顔に集まり、動悸が激しくなる。

「どうした?顔が赤いぞ。呂律も回っていない。連日の出撃で疲れているんじゃないか?」
「カ……、」
「急用でないなら明日にしよう。今日はもう自室に戻ってゆっくり休むといい」
「カ、カムイ様……っ!!」

気のせいじゃない。カムイ様の周りにきらきらしたものが見える。俺は地上のことなどよく知らないが、星というのはきっとこうして輝くのだろう。
カムイ様が俺を気遣ってくださったその優しさに感動して、結局いつもの「カムイ様」呼びが出てきてしまった。俺の後ろで、流拓馬が「あ~あ」と溜息をつくのが聞こえた。せっかくお膳立てしてやったのに……という意味の「あ~あ」だろう。余計なお世話だ。

名前の呼び捨ては失敗したが、俺はカムイ様の優しさに触れて多幸感に包まれていた。やはり俺はこの方にどこまでもついていきたい。流拓馬を羨ましく思う気持ちは否定できないし、カムイ様の隣に立ちたいという未練がましさはまだある。それでも、今の俺にはこの距離感が一番合っていると思えた。
流拓馬のように近すぎるわけでもなく、ただの恐竜帝国民ほど遠いわけでもない。かつての幼馴染で、今はカムイ様に忠義を尽くす一兵卒。それでいい。それがいい。
「また明日」と言って微かに微笑むカムイ様の周りにはやはりきらきらした光が舞っている。海の底でも星は見えるのだと思った。

 


------------------------------
2021/12/11