luica_novel

書いた小説の倉庫です

死なない君が欲しかった(拓カム)

※「でたなゲッタードラゴン」の後、アニアク13話Cパートに辿り着けなかった世界線の話
※バグは覚醒したゲッタードラゴンに敗北しました
※死ネタ注意かつシンプルにバッドエンド

 


火が燃え残ってくすぶる臭いがする。この臭いは嫌いだった。道場が襲撃を受けて、火をつけられた時のことを思い出す。ごうごうと燃え盛る炎。空を埋め尽くすような黒煙。木々が燃えて朽ちる音。臭いを引き金として、あの日感じたありとあらゆる感覚が引きずり出されるようだ。

そして今は、あの夜とは比べ物にならないほど多くの命が燃やされた後だった。
赤い空の下、拓馬は一面の瓦礫の海に立っていた。地面が見えないほどの瓦礫の山だ。少しでも気を緩めれば足が取られてしまう。しかし拓馬は、不安定な足場でも迷いなく先へ先へと進んでいった。

しばらく歩いていくと、見上げるような巨大な鉄屑の山に行き当たった。深い青で塗られた装甲が見える。バグという名で呼ばれ、この地球を焦土にした機体の残骸だった。
無敵の強さを誇ったそれも、覚醒したゲッタードラゴンには太刀打ちできなかった。圧倒的なゲッター線と暴力によって蹂躙され尽くし、今や見る影もないただの鉄屑となってしまった。もはやどこが頭部で、どこが腕や足だったのかも分からない。

瓦礫の山を掻き分けていくと、巨大な卵のような形をしたものに行き当たった。拓馬はそれがバグのコクピットだということを瞬時に理解した。
人の手では開けられないかと思ったが、開閉部分に拓馬が手を触れると、それはあっけなく開いて拓馬を招き入れた。内部の生体反応の消失が確認されたことで、外部からの介入が許可されたのだろう。分厚いシェルターの中で守るべき者はもういないことを意味していた。

「……カムイ」

コクピットの中にはカムイがいた。――正確には、カムイだったもの、だ。
戦いの激しさに反して、彼の体はそのままの状態で保存されていた。体のどこも失われてはおらず、思っていたよりも綺麗だったので、拓馬は思わず安堵の息を漏らした。損耗が激しいことも想定していたのだ。

コクピット内に下りてカムイの体に近付いた。閉じられた目、何も語らない唇。表情はなく、カムイが死の間際に何を思っていたのかは分からなかった。顔が歪んでいるわけではないのを見るに、そこまで苦しまずに済んだのだろうか。できるならそうであってほしいと思った。

指先でカムイの頬に触れる。皮膚の部分も、鱗も、氷のように冷たかった。体温はとうに失われていた。十分に想定できたことであったし、そのつもりで触れたはずだったが、あまりの冷たさに一瞬手を引っ込めてしまった。拓馬は、死者の体に直接触れるのはこれが初めてであることに気付いた。人の死はいくらでも間近で見てきたのに。

――これが、死か。この冷たさが、死か。

胸の奥にひやりとしたものが湧き上がってきた。悲しみとも、恐怖とも違う。ただただ冷たい。もう二度と取り戻すことはできないという実感だけがあった。

「……なあ、カムイ。本当にこの道しかなかったのか」
冷たい頬に触れたまま、ぽつりと零した。その言葉を聞く者はどこにもいない。

「この未来だけが、俺たちの運命だったのか。もっと違う道だって選べたはずじゃなかったのか。……どうして、お前が死ななきゃならなかったんだ」

――どこで間違えた?
決して考えてはいけないはずの問いだった。こうしていれば。ああしていれば。そんな仮定を考え出したらきりがない。無意識のうちに自分に禁じていたのだ。けれど今、拓馬はその問いを零してしまった。

「未来の世界で、お前、『この戦い、これでいいのか』って訊いただろ。あの時、ちゃんとお前の目を見ていればよかったのか?考えることから逃げずに、俺の答えを出せていれば、何か変わったのか?」

あの時、拓馬は「考えるな」と口に出していた。未来も過去もどうだっていい、今はただ目の前の復讐のことだけ考えればいいのだと切り捨てた。戦う理由に少しでも疑問を抱いてしまえば、復讐を果たすどころか、先へ進むことすらできなくなると分かっていた。だから拓馬はカムイの問い掛けから目を逸らしてしまった。そして、カムイ自身からも。

もしもあの時、カムイの問い掛けにまっすぐ向き合えていたなら。あるいは、未来での戦いで、カムイ一人だけであの扉の向こうへ行かせなければ。未来から現在の地球へ戻る時、カムイを見失わずにいられたら。叶えられもしない「もしも」ばかりが浮かんでくる。

「……皮肉なもんだな。今なら、アンドロメダ流国の奴らの気持ちが少し分かる気がするぜ。どうにかして過去を変えたいと思う気持ちがさ」

それは、取り返しのつかない現在がこの手の中にあるからだ。変えられるなら、取り戻せるならと、必死で可能性に縋り付く気持ちが今になって理解できてしまった。

拓馬はカムイの髪に触れた。光を透過してきらきらと輝いていた金色も、今は褪せてしまった。目の前にいるカムイは何も語らない。長い睫毛の下の瞳が拓馬を映し出すことはない。あれほど拓馬を苛立たせた憎まれ口すら、もう聞けない。時を止めた冷たい躯だけが拓馬の腕に抱かれている。美しいだけの抜け殻だ。

「…………」
拓馬はゆっくりとカムイに顔を近付けた。唇と唇が重なる。触れ合っていたのはほんの数秒だったが、拓馬には永遠にも感じられた。静かに離れた唇は、たとえようのない喪失感ばかりをもたらした。

「……はは、冷てえや」

顔を歪めて笑った。泣き笑いの表情だった。ぬくもりなどどこにもないと分かっていたのに、改めて感じたその冷たさが、どうしようもなく心を突き刺した。
拓馬は縋り付くようにカムイの体を掻き抱く。日が傾き、暗闇が空を覆い尽くす頃になっても、拓馬は片時もカムイから離れることはなかった。

 


------------------------------
2021/11/16

BGM:再生/ピコン

「これでよかったのか? どこで間違えた?
この胸の熱が冷めないのは何故?」

 


www.youtube.com