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ふたりぼっちの共依存(隼人とカムイ)

※カムイくんが14歳くらいの頃の話

 

「神司令!D2押されています!」
「てっ……敵の増援が来ました!このままでは持ちません!」
司令室に響くオペレーターたちの悲鳴が、戦場の悲惨さを物語っている。画面には、蟲どもに喰らいつかれて身動きが取れずにいるD2の姿が映し出されていた。このまま行けばD2部隊は全滅だろう。だが撤退を命令したところで未来は同じだ。早乙女研究所の陥落、そして人類の敗北。

「どうしますか神司令、やはりここはカムイを呼ぶしか……」
オペレーターのその言葉に、隼人は首を横に振った。先の戦闘で、カムイは重傷を負った。傷が癒えていない以上、無理に出撃させるわけにはいかない。――たとえそれ以外に道はないと分かっていても。

そんな隼人の躊躇いを見透かすように、背後の扉が開いた。パイロットスーツに身を包んだカムイがそこに立っていた。
頭に巻かれた包帯が痛々しい。パイロットスーツで隠れた場所にも消えない傷をいくつも抱え込んでいる。この司令室に来るまでにも足を引きずってきたのだろう。平静を装っていても、体中がぼろぼろなのは明らかだった。それでもカムイは背筋を伸ばして隼人を見据える。

「神司令。俺が出ます」
「……そんな状態でお前に何ができる。早く病室に戻れ」
突き放すように低い声で言っても、カムイは目を逸らさなかった。
「俺が行くしかないと、とっくに分かっているはずでしょう」
その通りだった。D2部隊の壊滅は秒読みだ。残る戦力はカムイの乗るアークだけ。そしてアークならば、この絶望的な戦況を打開できるかもしれない。それでもなお躊躇いを捨てきれないのは、ひとえに神隼人の親心とでも言うべき感情によるものだった。

「神司令。あんたはただ『行け』と命令してくれればいいんだ」

カムイは迷いのない目をしていた。死ぬかもしれない状況だとしても、彼は戦場に赴くことを迷わない。そういうふうに育てられたからだ。他の誰でもない、神隼人という人間の手によって。
カムイと、オペレーターたちの視線が隼人に注がれている。隼人は深く溜息をついて、それから真っ直ぐにカムイを見た。
「カムイ、今すぐ出撃しろ。あの蟲どもにアークの恐ろしさを思い知らせてやれ」
するとカムイは力強く頷き、すぐさま背を向けて司令室を出ようとした。その背中にもう一度声をかける。

「カムイ」
「はい」
「……ハジをかくなよ」

一瞬、カムイは虚を突かれたような顔をした。瞬きを二度三度繰り返した後、軽く頭を下げてその場を去っていった。隼人の言わんとする意味が伝わったかどうかは分からなかった。

 

カムイの搭乗するアークは、縦横無尽に動き回って敵を仕留めていった。蟲たちは標的をD2からアークに切り替えて襲ってくる。カムイは的確な状況判断で敵に対応していった。
だが、いくら強力なパワーを誇るアークといっても、その力は無尽蔵ではない。まして現在のパイロットはカムイ一人だけだ。ゲッターは三人の力が合わさって初めて真の力を発揮する。カムイだけではアークのポテンシャルを十分に引き出すことは叶わなかった。それに加えてカムイ自身の傷が癒えていないこともあり、戦況は徐々にアークの不利に傾いていった。
敵は次元の狭間から次々に増援を送ってくる。それに対するのはアークただ一体。圧倒的物量でアークを攻め続ける、泥沼のような戦いが一時間は続いた。体力はとうに尽きているはずだというのに、カムイは決してその場を退かなかった。

必死の抵抗が功を奏したのだろう、敵はようやくそれ以上の攻撃を諦め、次元の裂け目に帰っていった。残されたのは破損したアークの機体だけだった。
敵が完全に撤退したのを見届けると、アークは糸が切れたように浮力を失い、地上に墜落した。
「カムイ!」
隼人は司令室の画面越しにカムイの名を叫んだ。返事はない。隼人はいても立ってもいられずに駆け出していた。

コクピットから引っ張り出されたカムイは酷い有様だった。一見すると死んでいるのではないかと思う。パイロットスーツに血が滲んでいる。骨が砕けているとか、内蔵がいくつかやられているなどというレベルの話ではなかった。救護班が思わず立ち竦んでしまうほど、手遅れに近い状態だった。
遅れてやって来た隼人は、そんなカムイの体に躊躇いなく触れた。ヘルメットを取って、血のこびりついた髪をかき分けてやる。

「カムイ」
耳元で呼びかけると、カムイの瞼が微かに動いた。僅かに開いた目が隼人をぼんやりと映す。何か言いたげにその唇が息を吐いたが、意味のある言葉を紡ぐことはなく、そのままカムイは意識を失った。
隼人はカムイの体を抱きかかえ、救護班の担架に乗せてやった。成長途中の少年の体はひどく軽かった。

 

隼人に面会の許可が降りたのは、先の戦闘から丸5日経ってからのことだった。集中治療室を抜けてやっと一般病棟に移ったらしい。戦後処理の合間を縫って隼人はカムイの病室を訪れた。
隼人が病室に入ると、カムイは静かに眠っていた。体にいくつもチューブを繋げられた状態のまま。顔色はよくない。命の危機は脱したとのことだが、まだ絶対安静だ。たった5日でこの状態まで持ち直せたのは奇跡だと医者は言う。ハチュウ人類とのハーフだからか、カムイの生命力は常人よりも強い。多少の無理はきく体なのだ。だが今回は無理をさせすぎたように思う。

静かに眠るカムイの表情は、あどけない少年のそれだった。確か、14歳の誕生日を迎えたばかりだったはずだ。体も心も成長しきっていないのに、多大な負荷のかかるゲッターに乗せ、長時間の戦闘を強いた。人でなしの司令官だと言われても何も言い返せない。だが隼人はその命令を下し、カムイもそれを受けた。それしか選択肢はないのだと互いに言い聞かせながら。
――俺が代わることができたら、どんなにいいか。
叶いもしない願いばかりが頭に浮かんでは消える。神隼人はもうゲッターに乗れず、カムイ・ショウは一人で戦うしかない。アークのパイロットの残り二人はまだ見つからない。それが現実だ。決定的な変革が起こらない限り、世界はこの少年の肩に重い荷物を背負わせ続けなければならない。過剰すぎるその重さに、この子が押しつぶされそうになったとしても。

「…………」
カムイの目が静かに開いた。ぱちぱちと瞬きをして、それから視線が空中を彷徨う。やがて隼人を見つけると、薄い唇が「神司令」と呟いた。

「すみません」
「なぜお前が謝る」
「うまく立ち回れませんでした。そのせいで、機体を無駄に損傷させてしまった」

激戦を経て、命からがら助かった後だというのに、カムイは「もう戦いたくない」と言うどころか己の失態を悔いている。逃げるとか弱音を吐くだとかいう選択肢はこの少年にはないのだ。軍人としては立派な気の持ち方だろう。だがこの子はまだ14歳だ。14歳の子供が、ここまで自分を殺していいのか。……いいわけがない。
「そんなことはどうだっていい。生きてさえいればいくらでも挽回はできる」
「……そうでしょうか」
納得のいっていないような顔をしていたが、カムイがそれ以上隼人に疑問を投げかけてくることはなかった。寝起きで思考がまとまらないのだろう、ぼんやりと天井を眺めている。

「あ……そういえば、『ハジをかくな』とはどういう意味ですか?」
ふと思い出したようにカムイが言うので、隼人は「なぜ今それを訊く」と眉根を寄せた。
「あの時は聞き流したけど、ちゃんと訊いておかないとと思って。ハジってなんですか?」

不思議そうに尋ねてくるその顔に、何と言って返せばいいのか分からない。隼人はカムイの純粋な瞳を受け止めることができずに視線を逸らした。
あの時、咄嗟に口を突いて出た言葉の意味を教えるべきなのか。隼人にとっては、パイロットの無事を願う、祈りに似た言葉だ。だがカムイに同じ言葉を投げかけたとして、それが呪いへと転じはしないか。死んだ方がましだと思えるような地獄は、この世にいくらでもあるのだから。

逡巡の後、隼人は微かに息を吐き出した。この言葉を祈りとするのか呪いとするのかは、自分が決めることではない。カムイの受け取り方次第だ。
「……ハジをかくとは、死ぬという意味だ」
カムイが数度瞬きをする。その言葉の意味を確かめるように。

「では、ハジをかくなとは、死ぬなということですか」
「ああ」
「なら、俺は神司令の言いつけを守ることができたんですね」

目を細めてカムイがそう言った。どこか誇らしげですらあった。――ああ、刻み付けたのはきっと呪いの方だ。戦って死ぬことを許さないという呪い。そしてカムイはそれをあたかも福音のように胸に抱え続けるのだろう。地獄をまだ知らない無邪気な目のまま。

この戦いが続く限り、カムイに背負わせた荷物が軽くなることはない。だが彼はその荷物を下ろすことも、誰かに肩代わりさせることもしないだろう。恐竜帝国の皇位継承者として、そしてゲッターパイロットとしての立場が彼にそれを許さない。ならば自分はあくまで司令官としての役割に徹しよう。彼がその荷物の中身に疑問をもたなくて済むように。
カムイの腕に繋がれたチューブに目を落とす。彼の命を繋ぐものであると同時に、逃げるという選択肢を奪うものでもある。まるで鎖のようだと思った。

 


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2021/10/25