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僕らはまだ春の途中(拓カム)

※アニアク最終13話後の話

 

――しばらく見ない間に、ずいぶん髪が伸びたな。
久しぶりに顔を合わせた時の第一印象はそれだった。そして今も同じことを思っている。

舗装なんてされていない道の上を、車はお構いなしに突き進んでいく。タイヤが石を踏むたびにがたがたと車体が揺れる。獏の運転が荒いわけではなく、こればかりはこの火星の環境のせいだ。拓馬もカムイも、今更それに文句は言わない。
「二人でゆっくり話したいこともあるだろ」と獏に妙な気を遣われて、拓馬とカムイは後部座席に二人並んで座らされている。カムイの脱獄の手助けをして、アークの機体が置いてある場所へ辿り着くまでの道すがら、話すべきことはもう大体話してしまった。カムイがドラゴンに敗れてからの顛末だとか、生き残った者たちで火星に移るまでの話だとか、火星に着いた拓馬と獏がどうやってカムイの居場所を突き止めたのか、だとか。

カムイは拓馬の話を黙って聞いていた。一貫して無表情だったのは、努めて感情を表に出さないようにしていたからなのかもしれない。ただ、途中で一度だけ「神司令は」と問うてきた。なんにも見つかっちゃいねえよと答えると、「そうか」とだけ返事をしてまた黙り込んでしまった。拓馬は、カムイと神隼人の間に何があったのかは知らない。それでも、カムイの長い沈黙に隠された意味はなんとなく分かった。

伝達事項を一方的に話し終えて、拓馬はその後の会話の内容に窮した。他愛のない世間話ができるような空気でもない。助け舟を求めて運転席の獏を見やるが、その背中は「俺は運転に集中しています」とでも言うかのようなオーラを発している。どうにか拓馬だけで会話を繋げなくてはならないらしい。
途方に暮れた拓馬は、結局沈黙に逃げた。カムイだって色々一人で考えたいことがあるだろうと言い訳をして。会話がないまま、車は荒廃した大地をひたすら北に走っていく。

横目でちらりとカムイを見た。長く伸びた髪は、カムイの表情を覆い隠してしまっている。その目が何を見ているのかも、瞬きする睫毛の動きも、ここからではよく分からない。
「……何なんだ」
カムイの顔を覗き込むように体を傾けたら、カムイは鬱陶しそうに眉をひそめた。ああ、この反応は前と変わらない。

「いや、お前、髪伸びたなーと思って」
「あれからどれだけ時間が経ったと思ってる。伸びて当たり前だろう」
すげなく返されるが、別に不機嫌というわけではないらしい。見られるのが本当に嫌なら、今の時点でもう手で払い除けられているはずだろうから。拓馬は気をよくして言葉を続けた。
「やっぱ切んのか?結構邪魔そうだよな」
「いずれは切る。だが状況が落ち着くまではこのままだな。しばらくは無理だろうが」
「俺が切ってやろうか、芸術的な髪型にしてやるよ」
「こちらから願い下げだ」

カムイがあからさまに嫌そうな反応をしたので、拓馬は思わず吹き出してしまった。カムイは基本的に表情をあまり動かさないから、本気で言っているのか、それとも冗談に冗談で返しているのかがいまいち分かりにくい。だが目を見れば分かる。これは本気で言っている時の目だ。そんな真に受けるなよ、と笑いながら言うと、カムイはむっとしたような顔をした。

「髪、短い方がいいと思うぜ。長いとお前の顔よく見えねえし」
「見なくていい」
「そういうこと言うなって。あー……でも、切ったら切ったでちょっと勿体無い気もするな」
「勿体無い?何がだ」
「だってお前の髪、案外キレーだし……」

手を伸ばしてカムイの髪に触れた。指先を金色がかすめる。暗闇の中でもきらきらと光るようだった。光に透かしたらもっと綺麗だろうと思った。
拓馬は話の流れで何気なく触れたに過ぎなかったのだが、カムイにはそうではなかったらしい。カムイは数秒間ぴしりと固まったかと思うと、物凄い勢いでのけぞって拓馬の手から逃れた。勢いよく動いたので車体が揺れる。本人はもっと離れたかったのだろうが、生憎とここは車中なのでそこまで距離は広がらない。代わりに限界まで体を縮こまらせて車の端に寄った。急に尻尾を引っ張られた猫のような反応だった。

「な……なに、を……」
カムイが息も絶え絶えといったように小さな声を漏らす。耳まで赤くなっている。驚愕と戸惑いと羞恥。そんな反応をされるとは思っていなかったのは拓馬の方で、予想外の出来事に目を白黒させた。
「あ、ワリ……変なことしたな」
髪や頭に触れるというのは、本来ならごく親しい者の間でのみ交わされる行為だ。拓馬は何の気無しにやってしまったが、それが万人に受け入れられるものではないことは理解している。相手が警戒心の強いカムイであるならば尚更。拓馬は己の軽はずみな行動を後悔した。――が、肝心のカムイの反応がどこかおかしい。

「いや……別に、嫌だったわけじゃ、ない……」

まだ顔を赤くしたまま、カムイは何度も瞬きを繰り返している。自分の感情が自分でも分からないといった様子だ。思考を整理するように、ぽつぽつと言葉を零していく。
「そうだ、嫌だったわけじゃないんだ……むしろ……」
「むしろ?」
「お前に、もっと………………―――おい待て、何を言わせるつもりだ」
カムイが混乱している間に言葉を引き出してやろうとしたのだが、その目論見が達成するよりもカムイが我に返る方が早かった。その手には乗るか、とでも言うかのように拓馬を強い目で睨みつけてくる。

「知らねえよ!お前が勝手にぶつぶつ喋ってたんだろうが。つうかこの変な空気どうするつもりだよ!お前が過剰反応するからだろ!」
「お前が不躾に俺の髪に触ってきたのが悪い」
「それはそうだけど!……おい獏、笑ってねえでお前もなんか言えよ!」

ふわふわした空気に耐えきれず、拓馬が獏に助けを求める。運転席にいる獏は、ハンドルを握りながら肩を震わせていた。ずっと背中で二人の会話を盗み聞きしていたのだろうが、笑いを噛み殺すことが全くできていない。
「いやあ……青春してんな~って……」
まるで他人事である。拓馬とカムイの惚れた腫れたも、獏にとってはエンタメでしかない。どうぞお好きになさってくださいというスタンスだ。
カムイは獏に、拓馬の言動を諌めでもしてくれるのではないかと思っていたのだが、その期待は見事に打ち砕かれた。完全に面白がられている。

「……獏、車を止めてくれ。俺は一人で走っていく」
「はあ!?いきなりどうしたんだよカムイ、正気か?」
「俺の脚力なら車にも追いつく。こんなのと同じ空間にいるより走ったほうが遥かにマシだ」
「おーおーそりゃどういう意味だ」

カムイに「こんなの」扱いされた拓馬は、聞き捨てならないというようにカムイを見た。カムイは真正面からその視線を受け止め、見下すようにフンを鼻を鳴らした。先程までの、むず痒いような甘酸っぱい雰囲気はどこへやらだ。あっという間に険悪ムードに切り替わってしまった。
喧嘩するほど仲がいいとはよく言うが、この二人が素直に自分の気持ちを認めるにはまだ時間がかかりそうだ。口論を始めた二人をよそに、獏は笑いながらハンドルを握り直した。

 


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2021/10/24

BGM:恋の惑星/古川本舗

「僕らはまだ、恋の途中
未だ揺れるあわい想い」