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ふたつの鼓動は繋がるだろうか(拓カム)

※アニアク13話Cパート後の世界線です

 


『カムイ様』
その瞳から光が失せていく。かつての友は、今は忠誠を誓う部下として命を捧げた。しかし、こんな道半ばで絶たれるとは思ってもいなかっただろう。
殺されると分かっていながら向かわせたのは自分だ。希望を掴むために選んだ道で、絶望を味わいながら死んでいく。

『カムイ』
母の手が頬に触れる。あたたかな人の体温。だがその手はやがて力なく落ちていった。
殺そうとしたのは自分だ。人間を滅ぼすと決めた以上、それが血を分けた母親であっても例外はないと。だが、自ら手にかける前にその命は失われた。まるで最後の慈悲であるかのように。

人の叫び声が聞こえる。悲鳴。断末魔。怨嗟の声。罪無き者たちが、人間であるからという、たったそれだけの理由で死んでいく。
殺したのは自分だ。人間以外の命の未来を守るためだと声高に叫びながら、あらゆる命を奪っていった。

全て自分が選んだことだ。もう取り返しはつかない。覚悟の上で選んだ道のはずだった。
――ならば、どうして未だにその「声」が耳にこびりついて離れないのだろう。どうして、思い出してしまうのだろう。どうして、どうして……

「カムイ!おい、カムイ!」

必死な声に名前を呼ばれて、カムイは重い瞼を薄く開いた。目の前にあるのはこれまた必死な拓馬の顔だった。無理やり覚醒を促された意識は未だ不透明だったが、瞬きを繰り返すと視界が徐々に晴れてくる。洞窟の黒っぽい壁が見えた。
カムイが牢を抜け出して数日。今は敵の目を掻い潜って逃走しているさなかだった。身を隠すのにちょうどいい洞窟を見付けて、ひとときの休息を得るために転がり込んだ。見張り役を買って出た獏は外を見回っている。洞窟の中にいるのはカムイと拓馬だけだった。

「敵襲か」
辺りを見回しても様子に変化は見られなかったが、念のため確認する。すると拓馬はぎょっとしたようにカムイを見て、その後きまり悪そうに頭を掻いた。
「いや……お前がうなされるみてえだったから。悪いな、起こしちまって」
単純にカムイを心配して声をかけただけだったらしい。拓馬は少しカムイと距離を置いてその場に座り直した。
――うなされていたのか。
視線を落とすと、無意識のうちに手が小刻みに震えていた。全身にびっしょりと汗をかいていることに気付く。自分がそんな状態に陥っているとは思わなかったので、カムイは僅かに狼狽えた。

「……大丈夫か、お前」
拓馬が気遣うような視線を向けてきた。普段なら「そんな目で見るな」と撥ねつけるところだが、今はそんな気力もない。カムイは溜息をついて壁に体を預けた。体も頭もひどく重く感じる。
「夢を見た」
「夢?」
「人が死ぬ夢だ」
その言葉に、拓馬は眉をひそめて押し黙った。「縁起でもないことを」とでも思っているのだろうか。しかし、拓馬は夢の内容を深堀りしてくることはなかった。ただじっとカムイを見つめる。その視線を不快だとは感じなかった。

『カムイ様』『カムイ』
失われた命の声が、残響のように耳の奥に残っている。死者の記憶のうち、一番はじめに忘れるのは声だと聞いたことがある。だが自分はきっと一生忘れることはないだろう。忘れられるはずがない。忘れていいはずがない。
「カムイ」
再び暗闇に沈んでいこうとする意識を引きずり上げるように、拓馬がカムイの名を呼んだ。力強く芯のある声。

「……気に病むのも程々にしとけよ。死んだ奴を忘れないでいることと、罪悪感に囚われ続けることは違うだろ」

見透かすようにそう言われて、カムイははっと顔を上げる。しかしすぐにジトッとした視線を拓馬に向けた。
「立派な説教は結構だが、お前がそれを言うか」
「うるせえな。少しくらいカッコつけさせろよ」
過去に囚われているのは拓馬とて同じだ。彼がゲッターに乗ったのは復讐のためなのだから。自分に説教をする資格がないことは拓馬自身が一番よく分かっている。
――だが、それでも言葉をかけずにはいられなかった。カムイが自分で自分の足に枷をはめようとしているのを、見て見ぬ振りなどできない。引きずった枷の重さに一度でも歩みを止めてしまえば、きっともう前に進めなくなるだろう。それだけは駄目だ。

拓馬は手を伸ばして、カムイの頭を自分の胸へ引き寄せた。
「お前も俺も生きてる。今はそれでいいじゃねえか」
「……」
拓馬にとってのカムイは、バグを操り人類を大量虐殺した張本人だ。同様に、カムイにとっての拓馬も、悲壮な覚悟を決めてまで果たそうとした理想を粉々に挫いた男だった。泥沼のような殺し合いをした相手だというのに、不思議と憎しみの感情はない。心は穏やかに凪いでいる。
カムイはゆっくりと目を閉じた。どくん、どくんと、触れた箇所から伝わる拓馬の鼓動に耳を澄ませた。カムイの冷たい皮膚に拓馬の熱が染み込んでいくような錯覚を覚える。
生きている。確かに今、この場所で。

瞼を持ち上げると、拓馬と真正面に目が合った。復讐に燃えていた頃の苛烈さはなく、静かに揺れる炎がカムイを見ている。射抜かれてしまうのではないかと思えるほどのまっすぐさだった。
「…………」
言葉は交わさない。それでも、互いに思っていることは同じだった。拓馬の顔がゆっくりと近付いてくるのを、カムイは静かに受け止めようとした。――しかし、次の瞬間。

「よーっす!見張り当番終了!特に問題なしだぜ!……って、ありゃ?」

底抜けに明るい獏の声が降ってきた直後、ドゴオ!と派手な音が洞窟内に響き渡った。見れば、洞窟の壁に頭をめりこませた拓馬と、拓馬を突き飛ばした格好のまま固まるカムイがいたのだった。
「あー……何してんだ、お前ら?」
「なんでもない……」
「この有様でなんでもないは無理があるだろ……」

しかしカムイは頑なに何も語ろうとはしなかった。どうやら自分は非常にタイミング悪く登場してしまったらしい、ということは獏にも分かった。この状況を見てある程度の察しはついていたが、それを指摘すればカムイにしばらく口をきいてもらえなくなりそうなので黙っておいた。
壁に頭をめりこませたままの拓馬を引っ張ってやろうとするも、凄まじい力で壁に叩きつけられたようで、救出にはそれなりの時間を要した。カムイは完全に不機嫌モードになってそっぽを向いている。拓馬を引っ張り出そうとして獏があれこれ試す間にも、カムイは一切手を貸さなかった。
相手が頑丈な拓馬だったからよかったというべきか。これが並の人間だったら御陀仏になっていても不思議ではない。拓馬も無事には済まなかったようで、痛む頭を押さえながら「こういう時くらい素直になれよ……」などと呻き声を上げた。その言葉にカムイはますます不機嫌なオーラを撒き散らすのだった。こうなったら手に負えない。

「観念しろ拓馬、こういう時はすぐ謝っといた方がお前のためだぞ」
「今回に関しては俺なんも悪くねえけど!?」

理不尽だ!と喚く拓馬を横目に、カムイがフンと鼻を鳴らす。その耳がほんのりと赤く色付いているのを、獏は見逃さなかった。

 


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2021/10/17

BGM:問うてはその応え/古川本舗

「これからの二人に必要な言葉が
点を線に変えて形のないこころを緩く柔く結わえて
離れないように繋ぐよ」

 


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