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火星で輝く一番星(拓カム)

テラフォーミングされた火星に四季は無い。活動のしやすい温暖な気候が一年中続くよう調整されている。だが地球から逃れてきた人々は、故郷の暮らしを忘れまいと、居住区であるドーム内に四季を再現した。気温や雨風、生えている植物に至るまで。

『メリークリスマス。これから約二時間、雪を降らせます。ドーム内の皆様は防寒着をご着用ください』

アナウンスと共に機械の作動音がして、天井から雪が降り始めた。粒の粗い人工雪だったが、人々は一様に頭上を見上げて歓声を上げた。

「おー、降ってる降ってる。冬って感じがするぜ」
「こんな雪でも嬉しいものなのか? わざわざ手間を掛けてまで雪を降らせようとする思考が理解できん。寒い上に服が濡れて不便なだけだ」
「そりゃお前はそうかもしれねえけど……季節感ってのは大事だろ。特にこっちに来てからは尚更な」

二人は肩を並べながら街を歩く。ちょうどクリスマスマーケットが開かれていて、店先は緑と赤の二色に彩られていた。華やかな飾りに、ぎらぎらと瞬く電飾。道行く人々はどこか浮かれたような表情をして通り過ぎていく。カムイは眩しさに顔をしかめた。
「カムイ、人混み大丈夫か? 別の道行くか?」
「……このくらい何でもない。見くびるなよ」
「へいへい」
変なところで気を遣われてかちんときたのか、カムイはますます顔をしかめて歩調を速めた。仕方なく拓馬もそれに付いていく。
必要な日用品を買いに来るだけのはずだったが、通りはクリスマスムード一色で、店の売り場もクリスマス用品ばかりがひしめき合っていた。奇妙なポーズを取っているサンタクロースの置物を手に取り、これを買う人間の存在にカムイが思いを馳せていると、隣から拓馬が覗き込んできた。

「早乙女研究所にはクリスマスとかあったのか? あんま想像できねえけど」
「クリスマスの日には職員全員がサンタ帽を被るのが習わしだった。帽子を被ったところで仕事が減るわけではないから、みんな死んだ目をしていた」
「怖……でもちょっと見てみたい気もするな……プレゼントとかはもらわなかったのか」
「小さい頃は玩具や本を与えられていたが、十五の年に『プレゼントはいいからもっと戦わせてくれ』と言ったらそれきりだったな」
「かわいくねえ子供……」
「代わりに、二十五日になるとキリクの機体がミラーコート仕上げで磨かれているようになった」
「それ結構嬉しいやつじゃねえか! 俺なんて毎年獏と売れ残りの鶏肉食って終わりだったぜ!? プレゼント買う金なんてなかったしなあ」

軽い口調でさらりと言われて、カムイは反応に窮した。
研究所から出られない代わりに、それなりの暮らしを保障され目をかけられていたカムイ。限りなく自由であるが、寝る場所も食べるものも自分たちで賄わなければならなかった拓馬と獏。
プレゼントなどいらないと突っぱねておきながら、結局は優しさを受け取っていたカムイ。誰からも与えられることなく、自分の力で得るものだけが全てだった拓馬と獏。
あまりにも違う生き方だ。比べられるものではない。だから何も言えなかった。

黙り込んでしまったカムイの頭を、拓馬は軽く小突いた。「それ、お前の悪い癖」と笑う。
「じゃあさ、お前が俺にプレゼントくれよ。俺もお前にやるから。プレゼント交換会だ」
「……俺が、お前に?」
「おう。嫌か?」
「嫌なわけじゃ……」

そうだ、嫌なわけではなかった。ただ困惑している。プレゼント交換会などという浮かれた単語が、自分たちにはあまりに似つかわしくないような気がするだけで。
難しい顔をするカムイをよそに、拓馬は歯を見せて笑った。

「なら決まりだ! 三十分後に広場のツリー前集合な、それまで別行動ってことで! 解散!」

怒涛の勢いで勝手に段取りを決めたかと思うと、拓馬はあっという間に別の店に駆け込んでいった。サンタの置物を手にしたカムイ一人がその場にぽつんと取り残された。彼の周囲では買い物客がひっきりなしに行ったり来たりしている。カムイはその人波に押されながら店を出た。通りにはクリスマスの音楽が流れ、人々は舞い散る雪を見上げながら歩いている。

「プレゼントだと……?」
途方に暮れてひとりごちる。
これまでの人生は、奪われるか与えられるかのどちらかしかなかった。自分が与える側になるという選択肢が突如として出現した。ものを贈ること自体は初めてではない――随分昔に、隼人に不出来な絵を渡したことならある――が、完全に自分の意志でプレゼントを選び、それを渡すという行為は経験したことがない。
俺はあいつに何を渡せばいい。どんなものならあいつは喜ぶ?
何一つとして良い考えが浮かんでこなかった。拓馬とは短くない付き合いになるが、好みなどろくに知らない。強いて言うなら好物はコンビニのおにぎりとコーラのようだが、そんなものはプレゼントと呼べないだろう。

考えれば考えるほど、自分が何も持っていないことに気付かされるばかりだった。奪われて、あるいは自分から捨てて、空っぽの掌では返せるものなど何もない。拓馬からはこんなにもたくさんのものを貰っているというのに。
「…………」
上を見上げる。舞い落ちてきた人工の雪が、頬に触れてすぐ溶けた。



集合時間から遅れて十分後。そろそろ探しに行ったほうがいいかもしれないと心配になり始めた頃に、カムイはようやく待ち合わせ場所にやって来た。普段は自分にも相手にも時間厳守を徹底してくるカムイが遅刻とは珍しい。浮かない顔をしているのが遅刻の原因か。拓馬は力任せにカムイの背中を叩いた。

「おいおい、辛気臭い顔すんなよな! そんなにプレゼント選びが大変だったのかよ!」
「そうだ。貴様の軽はずみな提案のせいで死ぬほど悩む羽目になった。この借りは高くつくぞ」
「な……なんか悪ぃな……」

真顔で返されてしまったので、拓馬はそれ以上茶化すことができなかった。視線を下にやると、カムイの手に握られた小さな紙包みが目に入った。カムイが死ぬほど悩んだ末に選んだのがそれなのだろう。カムイが拓馬のことだけを考えて選んだのだ。期待と好奇心が入り混じり、居ても立っても居られなくなる。

「さっそく交換しようぜ! ほら、これは俺から」
拓馬は紙袋をカムイの胸に押し付けた。怪訝そうに見つめてくるカムイに「早く開けろよ」と目配せする。
カムイが慎重な手付きで袋を開けると、そこには靴下が一揃え入っていた。青地に白と黒のチェック柄の入った厚手の靴下だ。クリスマス用の靴下にしてみれば落ち着いている方かもしれないが、少なくともカムイ自身は絶対に自分では選ばないようなデザインだった。

「お前、この時期いっつも寒そうにしてるだろ。部屋ん中でそれ履いたら少しはあったけえかなって」
「…………」
カムイは無言で拓馬と靴下を見比べている。完全にカムイの趣味ではないと分かっていたが、やはり気に入らなかったか。でもそれ以上にあったかそうなのなかったんだよなあ……と拓馬は内心焦りを覚え始めたが、カムイは小さい声で一言、
「帰ったら履く」
と呟いた。
「別に今日すぐに履かなくたっていいんだぜ」
「いや、すぐ履く」
カムイの声は決断的な響きを帯びていた。表情は変わらないが、おそらく気に入ってくれたのだろうと思うことにした。拓馬が「分かったよ、お前の好きにしろ」と照れ隠しに言うと、カムイは無言で頷いた。なんだか妙に気恥ずかしい。

「で、お前は?」
照れを誤魔化すように問う。カムイはおもむろに紙包みを手渡した。包みには小さな星のオーナメントが入っていた。ツリーの天辺に鎮座ような豪華なものではなく、掌に収まるほどの小ぶりなサイズだ。元はツリーに飾るためのものなのだろう、星の先には金色の紐が輪になって付いている。手の中で転がすと、イルミネーションの光を反射してきらきらと光る。

意外だ、と拓馬は内心驚いていた。カムイのことだから、どうせ至極実用的なものを選んでくるに違いないと思っていたのだ。だからそれに合わせて、拓馬も日常使いできそうなものを選んだつもりだった。しかし蓋を開けてみれば、カムイからのプレゼントは星のオーナメント。飾っておくくらいしか使い道のない、実用的とは程遠いものだった。
「お前、こういうの選んだりするのな」
「……本命は別だ」
本命、とは。聞き慣れない言葉に拓馬が顔を上げると、まっすぐにこちらを見つめてくるカムイと目が合った。もとより表情の変化を読み取りにくい顔だが、緊張している様子なのは十分に伝わってきた。思わず拓馬も背筋を伸ばす。

「拓馬。俺はできもしないことを口にしないし、絵空事の願望や理想など最初から考えない。だからこれは叶えるつもりのある『約束』だ」
まばたきを、ひとつ。
「戦いはこの先もずっと続く。俺たちはいつ死ぬか分からない。――それでも俺は、死ぬ時までお前のそばにいる」

カムイの掌は空っぽだった。与えられるあたたかさはあまりにも大きいのに、自分に返せるものは何もない。
だが、約束はできる。この身一つで叶えられるのはそれしかなかった。契約よりも脆く、誓約よりも柔らかい、約束。触れれば溶けて消えていく雪に似ている。一度消えてしまったが最後、もう取り戻すことができなくなりそうで、ずっと言葉にすることを避けていた。

しかし拓馬は違った。実現できそうにないことさえ、いともたやすく口にする。アンドロメダ流国を倒すことも、カムイを止めることも、運命を変えることさえも。成すべきことを全部言葉にして叫び続けた。そうすることで、不可能だと思われることを力ずくで現実へと引き寄せてきたのだ。
拓馬のその姿を見てきたからこそ、カムイも「約束」という言葉の力を信じてみたくなった。初めての約束は拓馬と交わしたい、と。

告白じみた約束を差し出されて、拓馬は動揺で足元がふらついた。二歩三歩とよろめく体を、カムイが腕を伸ばして抱きとめる。
――そうか。お前はここにいる。俺のそばに。
拓馬の胸にあたたかいものが込み上げてきて、思わず唇を噛み締めた。たとえこの手を離しても、もう勝手にどこかへ行ってしまうことはないだろう。それでも今は離れがたくて、力の限り抱き締めた。拓馬の腕の中でカムイが変な呻き声を上げてもお構いなしに。
クリスマスの夜には、抱き合う恋人同士などただの背景だ。道行く人々は二人の様子を気にも留めず、クリスマスの音楽に乗せて踵を浮かせていた。



翌日、獏は拓馬が持っているバッグに見慣れない飾りが付いているのを発見した。拓馬が歩くたびに、小さい星がきらきらしながら揺れている。これ見よがしに存在を主張しているのだから、親友のよしみで訊いてやらねばなるまい。
「拓馬、なんか珍しいの付けてんな」
「おっ気付いたな。カムイがくれたんだぜ」
「あいつが? ……ますます珍しいな」
誰かからの貰い物だろうとは思ったし、拓馬がこれほど浮かれているならカムイ絡みでしかないわけだが、本当にカムイがこれを拓馬に渡したとなればやはり驚く。飾るかバッグに付けるかくらいしか使い道のなさそうなものを、あのカムイが選ぶとはとても想像できなかったからだ。

「ま、俺はもっといいもん貰ったけどな」
拓馬がにんまりと笑った。詳細を教える気はないくせに、匂わせは一丁前にする。獏は「こいつ、こんなムカつく顔できるようになったんだな……」と感慨にふけりそうになったが、やっぱりムカつくものはムカつくので、背中に渾身の蹴りをお見舞いしてやった。






2022/12/25

BGM:Soranji/Mrs.GREEN APPLE


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