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お正月にはカニを食え

※大学生パロのアークチームのお正月




今年の正月は三人揃って獏のアパートで過ごすことになった。成り行きで。
獏は元々実家には帰らないつもりだった。兄は年末年始、教団の行事で忙しい。兄は気を遣わなくていいから帰ってこいと言うのだが、自分が行ったところで邪魔になるだけだと思って、ここ二年は実家に帰らない正月だった。

カムイは母親に正月の温泉旅行をプレゼントしたそうで、実家に誰もいないからとアパートに残った。そして拓馬は実家で両親が熱烈歓迎しているにも関わらず「獏とカムイがいるんなら俺も」とそこに加わった。

結果、元は一人だったのが三人に増え、心穏やかに新年を迎えるはずだった休みは騒々しい正月に変わった。トランプやらオセロやらボードゲームやらで遊び倒し、垂れ流しているテレビを合間に見て、たっぷり買い込んだ食料を食い尽くす。ちなみに人生ゲームは、拓馬とカムイが醜い足の引っ張り合いをしている横で獏が一人勝ちした。無欲の勝利といったところか。

しかし外に出ないで過ごすのにも飽きが来て、今は三人がそれぞれ別のことをして時間を潰していた。カムイはさっきからずっと集中して漫画を読んでいる。獏の部屋の棚に置いてあった全三十三巻の少年漫画だ。なんとなく手を取って読み始めたら止まらなくなったらしい。拓馬は無心にみかんを剥きながらお笑い番組を眺め、獏はスマートフォンで餅のアレンジ方法を調べている。

みかんの食べすぎで拓馬の指がオレンジ色に染まってきた頃。不意に獏が顔を上げて壁掛けの時計に目をやった。針はもう六時を指している。そろそろ夕飯の支度を始めなければ。二人の邪魔をしないようにそっとこたつから離れ、獏はキッチンに立った。今日の夕飯を何にするかはもう決まっている。カニ鍋だ。

冷蔵庫を開けると、巨大なカニの脚がお目見えした。数時間前に冷凍庫から冷蔵庫に移動させていたから、しばらく室温で放っておいてあとは鍋にぶち込めばいいだろう。野菜も拓馬の実家から送られてきたものが大量にあるから、適当に切って入れてやれば、あとはカニの出汁がどうにかしてくれる。

「すまない獏、気付かなかった。手伝う」
えのきの石づきを切り落としていると、横からカムイが入ってきた。
「いいっていいって。漫画読んでるとこだったろ」
座っていろとジェスチャーで示すが、カムイはそれに構わず箸や食器を準備し始める。「助かる」と獏が言うと無言で頷いた。

「お前すげえ集中して読んでたよな。今どこらへん?」
「十七巻。ライバルと幼馴染の戦いが終わったあたりだ」
「あ〜あれか。かなり熱いよなあそこ。よければ全巻貸すぜ?」
「いや、いい。今日で全部読み終えたい」
「ハマってんなあ……じゃあ完走頑張れよ、予告しとくけど最後ぜってー泣くから」
「楽しみにしておく」

カムイが洗った葱を受け取って斜め切りにしていく。包丁の軽やかな音が響く。
「おいお前ら! 俺を一人にすんなよな!」
拓馬がどかどかと足音を立ててキッチンに乱入してきた。その指先はすっかりみかん色に染まっている。カムイは迷惑そうな顔をして拓馬を横目で見た。

「やかましいのが来た」
「んだよ俺が手伝っちゃわりいのか」
「うるさい上に邪魔でしかないな」
「おーおー喧嘩売ってんのか」
「正月からバトるなよお前ら……」

ただでさえ狭小キッチンだというのに、男三人が並んでわいわいやっているから余計に狭苦しい。拓馬は獏とカムイの後ろを行ったり来たりして茶々を入れるばかりでだいぶ邪魔なのだが、いくら追い払ってもこの狭いキッチンから出ていこうとしない。一人でテレビを見るのは退屈なのだろう。とはいえ拓馬が手伝えることは何もないので、本当にただの賑やかし担当だ。

「なあ拓馬、これからカニだけどお前大丈夫か? さっきからずっとみかん食ってただろ」
「俺の胃のキャパシティ舐めんなよ。みかんなんてほぼ水分みたいなもんだろ。飲み物だ飲み物。みかん十個からのカニ鍋なんざ余裕だぜ」
しかも謎の自信に溢れている。この調子だとカニもぺろりと食べ尽くしてしまいそうだ。

「しかしでっけえカニだな。お前の兄貴が送ってくれたんだっけ?」
拓馬がカニの脚をつまみ上げて感嘆の声を上げた。獏が頷く。
「兄貴、お歳暮毎年送ってくれんだよなあ。気ぃ遣わなくていいって言ってんのに」

これほどの大きさのカニとなると、学生三人が一瞬で食べ尽くすには勿体ないほどの高級品だ。獏は困ったような口ぶりだが、その顔はどこか嬉しげだった。ご馳走様にありつける喜びだけではないものがそこに滲んでいる。

拓馬とカムイは顔を見合わせて、獏に見えないように笑った。
火にかけた鍋はもうすぐ煮え立とうとしていた。




2023/01/02